日常
ドアを開けると正面の椅子にノルデンが腰を掛けていた。ノルデンの部屋は以前来た時と全く変わっておらず、まさに冒険者が住んでいると言っていいような部屋のままだった。
「来たか、生憎にも椅子がないから私のベッドに座ってくれればいいさ」
「はい。それで今日は加護のことについて詳しく知りたいです」
ベッドに腰を下ろしながらノルデンに言った。ノルデンのベッドは俺たち二人が泊まっている客人部屋のものよりも柔らかくて気持ちよかった。
「そんなことはわかってる。そうだな、私の加護のことから話すか……。
私の加護は地の大精霊ノームから付与されている。あれはちょうど央都剣・魔術学院に入ってまもない頃だったな。宿で剣を振っている時突然加護が付与された。なぜ付与されたのかは全く未だにわかっていない。二人はいつ授かったんだ?」
「俺たちはトレントと交戦している時に加護が現れました。俺たちもなぜ付与されたのかさっぱりわかりません。
「そうか。私は授かってから、加護を付与されている者が他にいないか手当たり次第ユグドラシルで情報を集めたが残念ながら見つからなかった。そんな中私の助けになってくれたのが校長のテレシア先生だ。あの人が加護について隅から隅まで話してくれた」
「なんでテレシア先生はそんなに加護に詳しいんですか」
「あの人は“元”加護付与者だからだ」
「“元”?」
「そうだ。大精霊からの加護はずっと備わっているわけじゃない。大精霊から気に入られなくなれば他の人へと乗り移る。だから加護を過信するのは良くない」
「いつ消えるかわからない所は怖いですね」
ウルドに以前言われたことが脳裏によぎった。
「だから日々の鍛錬は大事だと採算言っているだろう。鍛えておけばいつ消えても大丈夫だ」
「そうですね。そういえば、ノルデンさんこの前ディアブロと戦っていた時斬撃に加護をを付与するしないを制御してましたけど、どうやってやるんですか」
「ああ、あれか。どうって、そうだなぁ……。説明ができないな。実際にやってみせて教えた方がいいと思うから明日見せよう」
「はい、お願いします」
「私は加護についてこれくらいの事しかわからない。詳しくはテレシア先生に聞いてくれ」
「学校が始まったら先生を伺ってみます」
「そうするといい。それで今日はこれからどうするんだ?」
「雨でどこも行けないので魔術書なんかを読んだりして過ごそうと思っています」
「わかった。もし何かあったら私は部屋にいるからいつでも来い」
「では部屋に戻ります。ありがとうございました。ハルタ行くぞ」
ハルタの座っている方向を見るとハルタはノルデンのベッドに横たわり、寝息を立てていた。
「私はそこにハルタが居ようが構わない。今起こしてもどうせまた寝るだけだ。そのままにしておけ」
「すみません」
俺はハルタをノルデンの部屋に寝かせたまま部屋を出た。
せっかく時間もあることだしシーナの見舞いのために何かしら作ることにした。現実世界では両親の帰りが遅くてよく自炊したものだ。異世界こっちに来てからは初めての料理だからうまく作れるか心配だった。
キッチンには毎日料理を作ってくれているから必要な調理器具や食材は揃っていた。だが調味料が全くわからなかった。キッチンにある液体や粉を舐めて味を確かめると、現実世界と似ている味が複数あった。一番似ていたのが醤油だったので大好物で得意料理のすき焼きを作ることにした。
すき焼きを作る上で重要になってくるのは肉だ。だがこの世界には牛肉というものが存在しないから適当にあるもので代用した。果たしてそれが何の肉なのかはわからなかったが。煮込み終わり味見をするとそれとなく近い味ができていて現実世界に懐かしさを覚えた。
鍋と取り皿などの食器を持ってシーナの部屋へ向かった。シーナの部屋は一階の一番奥にある部屋で今まで一度も入ったことがない。
ドアをノックすると中から声がして入って良いという返答が来た。
「お邪魔します」
ドアを開けると可愛らしくて落ち着いている部屋が現れた。部屋のあちらこちらを見回した後ベッドの方に目をやると濡れたタオルをおでこに置いて体が冷えないように布団に体を包んでいるシーナがいた。近づくと彼女の顔は少しばかり赤かった。
「具合はどうだ?」
「まだ少し熱があるみたい。朝食作れなくてごめんなさい」
「いつも働いてばっかりだからたまにはこうして休んでもいいと俺は思ってるよ。そうだ、まだ何も食べてないだろうから料理を持ってきた」
「え!、ありがとう。作ってくれたの?」
「うん。けど味は保証しない」
サイドテーブルに鍋を置いてすき焼きをよそってシーナに渡した。シーナは湯気が立ち込めるすき焼きをすくい取ってふーふーしながら食べた。
「おいしい! 今までに食べたことがない味で新鮮」
幸せそうな顔をこちらに向けながら言ってきた。シーナを改めて見てみると可愛らしい女の子だ。自然と自分の体温が上がる。なんだこの胸の落ち着きの無さは。しばらく見つめていたため彼女と目があった。
「よかった喜んでくれて」
俺は慌てて言葉をかえした。
「いつタツキはユグドラシルに帰ってしまうの?」
「明日の夕方にここを発とうと思っているよ。学校が始まってしまうし」
「そっか……。」
「どうした? 寂しいのか」
「うん。そうだ、ねえタツキ、私も一緒に央都について行くのはだめかな」
もちろんシーナがユグドラシルに来てくれればさぞかし毎日がもっと楽しくになるに違いない。俺もシーナの案には賛成だ。
「俺は別にいいけどノルデンさんがいいって言うかわからないし、宿のこともある。そこはシーナがノルデンさんに相談する必要があるな」
「後で私ノルデンさんに話をしてみる」
「そうするのがいい。俺はそろそろ部屋に戻る。食べ終わった頃に食器を片付けにくるから」
「待ってタツキ、一人だとその……。落ち着かないから隣にいてくれると嬉しい」
シーナは照れを隠すためか布団をより深く被り、目元だけを出してこちらを見つめている。
「わかった、いつもお世話になってる恩返しと思えば。部屋から本を持ってくるから少し待っていてくれ」
俺は自分の部屋に戻り、学校から配布された魔術の教科書を取って戻ってきた。
シーナの部屋にあったロッキングチェアをベッドの隣に置いて本を読み始めた。ふと彼女の方に目を向けると彼女は静かな寝息を立てながら寝ていた。
目を開けると既に夕方で外はすっかり晴れていた。どうやら俺は読みながら寝落ちしてしまったらしい。ベッドを見るとそこにはシーナの姿はなく、食器も片付けられていた。自分の体にはブランケットがかけられていた。シーナがやってくれたのだろうか。
部屋から出て下の食堂へ行くとノルデンとシーナが夕飯を作っていた。ハルタはテーブルに座って何やら作業をしていた。
「お、タツキ起きたか。女の子の部屋に入って、部屋で寝落ちするとはなかなかやるね」
「ハルタだってノルデンさんの部屋で寝ていたじゃないか。ていうか、そこで何やってるんだ?」
「ああ、これのこと? ノルデンさんに武器の整備の仕方を教えてもらって、今剣を研いでいるところだよ」
ハルタは剣を砥石に押しつけて研いでいた。
「タツキお前もハルタにやり方を教えてもらってやってみろ」
厨房からノルデンが声をかけてきた。
ハルタに手順を一から教えてもらって自分の双剣を研いだ。包丁を研いだことは何回かあったから手際よく行うことができた。研ぎ終えるとちょうど夕飯ができて二人がテーブルに料理を並べ始めた。いつも通り料理は美味しかった。
翌朝は朝早くからノルデンとの稽古を始めた。半年ぶりのノルデンとの稽古であったからか緊張した。
「まず加護を扱う前にお前たちがどれほど成長したのか見ておきたい。三十秒やるから全力で向かってこい」
「二対一でいいんですか」
「ハッハッハ、舐められたものだな。私はお前達程度の力ではくたばらんぞ」
俺は双剣を抜きノルデンと刃を交えた。一方ハルタは後方から魔法を詠唱し、次から次へと魔法で攻撃した。ノルデンは自分達とは比べ物にならないような反応速度で全てを避け、こちらを見つめながら話しかけたきた。それを見かねたのかハルタが後ろから剣を構えて俺に加勢してきた。すると加護による魔法が付与され始め、斬撃の威力が上がったことがわかった。流石のノルデンでも受け止められないと思ったのか彼女も加護を発動して受け止めた。こちらが二人同時に今出せる最大限の威力を出して剣を振った。それをあちらが受け止めると爆発が起こり後ろへ飛ばされた。
「三十秒だ。お前たち前回会った時よりも格段に腕を上げたな。全部加護なしで受け止め切れると思っていたがつい加護を使ってしまった」
「これでもノルデンさんに勝てないって、ノルデンさんは化け物ですね」
ハルタが地面に大の字になって寝そべりながら言った。
「まだまだノルデンさんとの間には大きな壁が存在しますね。はあ……」
「追いつかれては私も向ける顔がなくなってしまうから負けるわけにはいかない。さっ、おまえ達の実力も知れたことだし加護の稽古を始めるか」
ノルデンに促されて稽古を始めた。
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