討伐任務

 翌日はいつも学校に向かうより幾分か早く宿を出た。休みの日はユグドラシル全体で決められているらしく、早朝にもかかわらず通りはいつもより賑わっていた。正門の前に着くともうすでにカナリアとウルドがいた。


「あ、おはよー!」カナリアが手を振ってきた。


「おはよう、みんな準備は万端か」


「言われなくても準備はとうにできている。お前たちこそ今日は足を引っ張るなよ」


 ウルドがいつものように俺の問いに答えた。


「わかってるよ。それじゃ向かおうか」


 リーリア村までの道のりはギルドから配布された紙に記載されていた。道にはリーリア村が示された標識が向かう途中に至る所にあったため、道に一切迷うことなく一時間ほどで村の入り口に着いた。村は今まで訪れたことのあるサザンカ村とは大きく異なり人気がなく廃れていた。


 村の中に入ってもどの家も朽ちかけかて今にも崩れそうだった。もしかするとこれもモンスター発生によることが原因なのかもしれない。


「ウルドとカナリアはこの村は初めてなのか」


「初めてだ。なぜこんなにも汚らしくて原型をとどめていない場所が村と呼ばれているのか全く理解ができないな」


「私も同じく。何でこんな風になっちゃったんだろうね」


「分かっている情報は何もなしか。紙によると目的地はこの村の奥にある森の中らしいな。ここからは何が起こるかわからないからみんな気を引き締めていくぞ」


 俺たちは村の敷地を通り抜けて森へと足を踏み入れた。森は木や草が生い茂っていて、それらによって光が遮られた森の中は視界が悪かった。周りを見渡したがモンスターがいる様子はなかった。


 すると突然後ろの方の草が揺れうごいた。目を凝らしてみたがそこには何もいなかった。


「なんだ今の音? でも何もいないぞ。風か?」


「お前たちわからないのか? 俺たちはすでにモンスターに囲まれていることを。見えないが彼らは擬態して身を隠している」


 ウルドが言った。


「確かにこの森に入った時から、私誰かからしきりに視線を向けられている気がしたの」


「どうするタツキ?」


 ハルタが不安そうに聞いてきた。


「この森の中で戦っても彼らの方が有利なだけだ。ギルドからの情報によるとこの先に開けた場所があるはずだからそこまで急ごう。いつ襲ってくるかわからないから気をつけろ」


 俺たちは急いで開けた場所へ向かった。後ろからは何かが動いて追ってくる音がした。開けた場所は木々が生い茂っておらず空からの太陽の光も差していた。


 到着して後ろを振り返り、身構えた。すると森の中では全く姿を表すことのなかったモンスターの大群が日に照らされて映し出された。モンスター達は食虫植物の体をしていた。大きさは俺たちの身長より少し高いくらいだろうか。


「あいつらは確か……」


「マンイーターだ。初級任務によく出てくる雑魚共だ。でも思っていたよりも数が多いな」


「とりあえずこいつらを倒せばおそらく任務完了だ。予定通りの陣形で戦うぞ」


「よし先手必勝、『精霊イグニアの異能は幻出し異能は我が下に、実りし灯火は汝に灼熱の災いをもたらす、フラーマ』」


 ハルタが火の玉を放つと相手に当たって灼熱の炎が燃え移ってモンスターたちが数匹焼け死んでいった。この調子ならいけると思ったが、次から次へとモンスターが森の中から迫ってきた。ざっと見えるだけでも数十体はいそうだ。


「なんて量だ。普通お前らのような底辺が初級の任務ではこれほどの量を相手にすることがないはずだが。だが雑魚狩り楽しいから、何体かかって来ようと大歓迎だ。『精霊フルニラの異能は幻出し異能は我が下に、汝の審判我が手に、雷帝の矢となり穿ち抜け、トニトルス』」


 蛇がウサギを仕留めるように唱えたウルドは電撃をモンスターたちに放った。


 俺もウルドの攻撃に合わせて腰から双剣を抜き出し、モンスターたちに斬りかかった。モンスターは胴体からツルを伸ばし攻撃してきたが、ここ最近の鍛錬のおかげで動きもなんとなく読むことができ、全て防ぐことができた。何度も斬撃を与えたが数が多くて討伐完了まで気が遠くなった。こちらが交戦している間、ウルドたちも魔法によって攻撃を行なってくれていた。


 どれだけ斬撃を繰り出しただろうか。とうとう残り一体まできて最後の一体を刺し殺した。やっとのことで目の前にいたモンスターは全て討伐することができた。自分の体全体にはモンスターを斬りつける際に飛び散ったモンスターの緑色の体液がこべりついていた。


「やっと終わったか、詠唱疲れた。喉がガラガラだよ」


「なかなか楽しかったな、ハルタお前雑魚のくせにいつの間にか魔法の腕を上げたな」


「そうかな、自分じゃあわからないよ」


「私全然活躍できなかったな。ごめん……。皆に負担かけさせちゃって」


「カナリアだって十分頑張っていたと思うよ」


 俺も彼らが話している方へ向かおうとして彼らを見ると、後方の地面が盛り上がってヒビが入りそのヒビがこちらに向かっているのがわかった。俺はすかさずしまおうとした双剣をを握り彼らの元へ急いで向かった。


「どうしたタツキ、そんな剣握りしめて」


「あいつもしや俺に決闘を挑むのか良いだろう受けてたとう。底辺との違いを見せつけてやる」


「皆伏せろ!」


 彼らは唖然とした顔で俺の方をみたが、俺が剣で飛びついた瞬間上半身を低くした。


 俺は彼らの後ろから出てきたものを双剣で受け止めた。地面から出てきたのは木の根だった。しかしそれは双剣で受けても切れず鋭利で強固なものだった。地面の亀裂は森の方へと繋がっていた。


「なんだこれは。くそ、今までに無いほどの攻撃の重さだ」


 俺は攻撃を受け止めきれずに後ろへ飛ばされてしまった。ハルタたちもようやく攻撃されている事に気がつき攻撃を回避した。


 森から正体を表したのは木の姿をしている二足歩行のモンスターだった。先ほどのマンイーターよりも明らかに強いのがわかった。


「あ、あいつは初級任務では出てくることのない樹人トレント。中級冒険者でも倒すのに一苦労すると言われているのになぜあいつがこの初級任務に現れるんだ」


 ウルドは驚きを隠せない様子で言った。


「話している暇は無い。倒すぞ」


 そうとは言ったが今の力でどれだけ四人が協力して倒し切れるといえそうな相手ではなかった。ノルデンに手紙で言われたことが俺の脳裏をよぎったが気にせずに立ち向かった。


 樹人トレントの攻撃範囲は広く、一つ一つの攻撃が針のように鋭かった。奴に近づこうとしても間合いの中に入ることができず、ただただ押し返されてしまうだけだった。ハルタたちも後方から援護をしてくれていたが、奴の体は頑丈で魔法で攻撃しても擦り傷ひとつすら残すことが出来なかった。


「底辺は下がっていろ、俺が消しとばしてやる。『精霊フルニラの異能は幻出し異能は我が下に、』、ぐはっ」


 ウルドは奴の攻撃を見誤っていたのか俺の前に出てトレントからの攻撃をもろに受けて吹き飛ばされた。


「ウルド、大丈夫か」


「ウルドくんは私が治療するからハルタくんはタツキくんの援護を」


「わかった、ウルドのことはよろしく」


「タツキ、これは退いた方が良くないか」


「本当はそうしたいが、ウルドが倒れた今ここで俺たちがが攻撃を受けるのをやめたら二人にも攻撃が及ぶ」


 攻撃を受けながら応えた。


 援護してもらえる量が少なくなったために今まで以上の攻撃を受ける必要になり、俺自身もいつ攻撃を受けてもおかしくない状況だった。そしてついに奴の動きに対応できずに俺は吹き飛ばされた。後方にいたハルタや治療に当たっていたカナリアにも攻撃が及び吹き飛ばされてしまった。強打した俺の体から少量ではあるが血が流れているらしく衣服が赤く滲んでいた。


「俺はここで負けるわけには行かない。こんな所で挫けてたら一生向こうの世界に帰れない。それにこの世界でもハルタを失いたくない。こいつは俺が一人で捌く」


 俺はボロボロになった体をなんとか起こし地面に転がっていた双剣を拾い上げて強く握りしめた。


「俺も忘れないでよ。俺もタツキと同様ここで挫けるわけには行かない」


 ハルタも重そうな体を起こして立ち上がった。他の二人は気を失っていた。


「あいつを必ず倒してみせる。いくぞハルタ」


 剣線を奴に向けて俺は奴の元へ斬りかかった。ハルタも同じく剣を抜いて共に奴へ斬りかかった。


「ウォォォオオ」


 奴もそれをさせまいと言わんばかりに怒号をあげた。


 さっきあれほどの攻撃を受けた割にはなぜか体が素早く動いた。奴からの攻撃が来て剣を振ると驚くことに斬撃が空中を舞った。先ほどまで硬くて歯が立たなかった奴が伸ばしてきた根はすんなりと切れた。よくわからないが自分の攻撃にはには風の魔法が付与されていた。一方のハルタの剣も炎を纏い次から次へと向かってくる攻撃を受け止めていた。これなら倒し切れると俺は確信した。


「俺が奴の攻撃を全力で受け止めるからタツキはその隙をついて奴を攻撃してくれ」


「わかった」


 ハルタが前に出る俺がカバーしていた分まで奴の攻撃を全て受け止め始めた。俺はそれを見計らって、素早く奴の間合いの中に入った。地面を蹴り上げて奴の前で大きく身構えた。


「チェックメイトだ」


 剣を振ると奴の体が真っ二つに切り裂かれた。


 俺は倒し終えると疲れ果てて力が抜け、その場に倒れ込んだ。すぐ後に隣でもハルタが倒れる音がした。

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