初陣への備え
数日間フレイヤ先生から教わった練習を続けているとそれとなく動きや戦い方が身についてきた。それと合わせて素振りも同時並行で行っているから剣もある程度自分の思うように動かせるようになってきた。
「タツキってほんとに熱心だよね。学校から帰ってきてからずっと剣振ってるもんな。てか、すごい身につくまでが早いよね」
「そんぐらいやらないと今度の休みに行く任務で活躍出来なさそうだし、上位のクラスに追いつけないと思うから」
「確かにね、俺も頑張って魔法覚えて使えるようにしないと」
ハルタは訓練相手の人形を動かしながら配布された教科書をまた読み始めた。
訓練をしに毎日夜外に出ているが気温はいつも同じな気がする。もしかしたらこの世界は一年を通して気温変化がないのかもしれない。この世界に来て早一ヶ月なぜ“転移”してしまったのかしっぽを何一つ掴めていない。解決策がない今はとりあえず前に進むしかない。
とうとうはじめての任務の日があと一日で訪れようとしていた。放課後明日の段取りについて話すため学校の図書室へ四人で向かった。図書室は本棚の列が沢山ああって、今まで行ったことのある中で一番大きかった。どの位の本の数があるかなんて想像もつかない位本で埋め尽くされていた。図書室の一角にテーブルと椅子が用意されていたのでそこに座って話すことにした。
全員が座ったところで以前ギルドから受け取った紙をテーブルに広げた。
「ウルドはこの任務を行ったことあるか」
「勿論だ。こんな初級者が行うような任務はとうの昔に行った。その頃の俺でも余裕で遂行できたから底辺のお前たちでも手を余すだろうな」
「出現するモンスターを知っているか」
「ある程度は知っているが必ず同じモンスターが出現するとは限らない。少し待っていろ」
ウルドはテーブルから立って本棚から一冊の本を手にして帰ってきた。その本には『ユグドラシア大陸モンスター一覧』と書かれていた。
「俺が行った時はここら辺のモンスターが出てきた。教えたんだから感謝しろ」
「ありがとうウルド。こんな奴らが出てくるのか」
開かれたページには植物型モンスターの絵が並んでいた。どの種類も強そうに見えた。
「こんな強そうなのが出てくるのか。問題はこいつらとどうやって戦うかだな……」
「戦いでの役割を作ればお互い安心して戦えるんじゃないかしら」
「それはいい案だ。戦闘の経験豊富なウルドからしてどういう割り振りにしたらいいと思う?」
「俺はずっと一人でそんな雑魚どもは倒してきたから、構成の仕方なんてよくわからんが一般的には役割は前衛と後衛に分かれる。前衛は攻撃、後衛は主にサポートだ。四人を分けるなら俺とお前が前衛で残りは後衛というような構成になるだろうな」
「よしそれで行こう。カナリアとハルタもそれでいいか?」
「まだ使える魔法の種類も少ないし剣もろくに握れない私が後衛でいいのかな」
「大丈夫だよ、カナリアのことは俺がサポートするからさ」
ハルタがカナリアに言った。
「それじゃあ決まりだな」
「俺は自前の防具を持っているがお前たちは持っているのか。底辺のお前たちは必ず付けといたほうがいいぞ、何が起こるかわからないから」
「確かに言われてみれば。帰り武器屋街に寄っていくことにするよ」
「そうしろ、俺はこの後用事があるから」
「明日は正門前に朝集合な。遅れるなよ」
後ろを振り返らずウルドは一人行ってしまった。最初ウルドは現代で言う金持ち坊っちゃまで性格の悪い野郎かと思っていたが、案外協力してくれるしいいやつなのかもしれない。
「カナリアはこれからどうする?カナリアも防具持っていないならついてくるか」
「うん! 是非そうさせて」
図書館でモンスターのステータスをある程度確認した後、俺たちは入学前にノルデンと共に立ち寄ったインチキ武器屋に行くことにした。武器屋街は相変わらず冒険者達で賑わっていた。
「いらっしゃい、お客さん。ってこの前の兄ちゃんたちじゃないですか。今日はどんな御用件で」
「今日は防具を買いにきた。どんなものを買えばいいか教えてくれ。ちなみに騙そうとしたらこの前一緒にいた人を連れてくるからな」
「わかってますって。中古品でお安くお求めになりたいならあそこの棚から職人が作った新品のものを買いたいなら隣の棚から選んでくだせぇ。自分に一番合っているものを買うといいでしょう」
「私は新品を買おうと思っているけどどうする」
「俺たちはお金にそんなに余裕がないから中古を買うことにするよ」
「店主付けてみてもいいですか?」
聞くと店主は頷いた。
防具はセットでも売っていたがバラ売りもしていた。今回は手間がかからないセット売りのものを買うことにした。何種類かつけてみて一番体に合っているものを選んだ。選んだものには汚れや傷が多少あったが重みもあり攻撃からしっかり守ってくれそうだった。防具には『汝の身を護らん、ユダ』と記されていた。作者の名前だろうか。ハルタも俺と同じような防具を買うことにしたらしい。ハルタは付けただけで嬉しそうだった。
「タツキくんこれに合ってると思う?」
カナリアがその場で姿を見せるように回った。カナリアの防具は中古品と比べると圧倒的に綺麗だった。防具の上からはベージュ色のマントを羽織っていた。
「似合っているんじゃないか。動きづらさがなければそれでいいんじゃないか」
「うん、これにする」
店主の元へ向かい金額を聞くと俺たちのものは金トナス一枚だったのに対し、カナリアが選んだ新品のものは金トナス三枚だった。
「店主この子の防具が金トナス三枚するっていうのは本当か。まさか嘘をついていないだろうな」
「ついていません。この防具はユグドラシル最上位の職人が作ったものですのでこのぐらいの値段は当たり前ですよ」
店主は真面目顔で答えたから本当らしい。
「カナリア、払えるのか」
「金トナス三枚よね」
彼女はポーチを取り出してそこから金トナス三枚を躊躇なく取り出した。
偶然にも彼女のポーチの中が見えてしまった。ポーチの中には金トナスが何十枚と入っていた。どこからそんな大金が出てくるのか不思議でならなかったがここでは触れないようにした。
俺たちも店主に硬貨を渡して店を後にした。防具をつけているせいか、いつも以上に自分達は強そうに見えた。
「カナリア金持ちだな、羨ましいぜ」
ハルタが言った。
「そんなことないよ、私もうそんなにお金持ってないよ」
「さてこれで準備もできたしあとは明日任務をクリアするだけだな」
「うん、明日は朝正門に行けばいいんだよね」
「ああ、そうだ。遅刻しなようにな」
いつも通りの場所でカナリアと別れた。カナリアの向かっていく方角には城のような大きな建物がうっすら見えた。何の建物なのだろうか。
宿に戻ってもガリウドは珍しく外出していて誰もいなかった。そのかわりテーブルに紙が置いてあり、そこには
『今日は用事があって少し遅くなる。久しぶりに温泉にでも行ってみたらどうだ? ガリウドより』
と書かれていた。
俺たちはガリウドに提案された通り温泉に行くことにした。
「やっぱり気持ち良いな。最高の気分だ」
「うん、わかるそれ。明日楽しみだね」
「俺たちが異世界へ来た理由を知る一歩かもしれないしな」
「あっちの世界に戻りたい気持ちもあるけど、今俺は最高に楽しいよ。やったことのないこと見たことのないことの連続だからね」
「確かにそうだな。あっちの世界の高校生で過ごすよりは断然こっちの世界で過ごす方が楽しいな」
浴槽で話していると一人のエルフが喋りかけてきた。
「君たちは冒険者かい?」
「まだ本職は学生です。任務はまだ行ったことがなくて明日初めての任務にいく予定です」
「学生さんか、僕はこの街で冒険者をやっているものだよ。最近任務でギルドから渡される説明項目にいないようなモンスターが任務中に出てくる事例があってね。そのことで君たちが何か知ってるか聞きたかったんだが、突然すまないね」
「いえ、こちらこそ何も協力できなくてすみません。でもそんなことってあるんですね」
「稀にあることなんだが、最近頻度が増していてね。君たちも気をつけてくれ」
その人は風呂場から出ていった。俺たちもある程度湯船に浸かったら宿へと戻った。宿に戻るとガリウドが帰ってきていて夕食の準備を進めていた。
「お帰り、遅くなってすまないな。もう準備ができるからもう少し待っててくれ」
すぐにガリウドの準備が終わり食事を始めた。
「明日は初めての学校休みだな。二人は何かする予定はあるのか」
「明日はクラスメート二人と春田と一緒にギルドから受注した任務へ行く予定です。なので帰りは夕方になると思います」
「そうか、明日は初陣の日か。頑張ってこいよ、でも無理はするな。そういえば姉貴から二人宛に手紙が届いた。ほらよ」
手紙の封筒『タツキとハルタへ』と書かれていた。あとで部屋に帰ったあと読むことにした。
「ありがとうございます。あとで部屋に戻ったあとゆっくり読みます。そういえば、四班のクラスメート達と学校帰りはいつも一緒に帰ってくるんですけど、そのうちの一人とメイン通りの途中で分かれるんです。いつもその子が向かっていく方向に城のような建物が見えるんですがなんの建物か知ってますか」
「もう友達が出来たのか、それは良かった。その建物はおそらく騎士団の集会所だろう」
「騎士団って……?」
ハルタが首を傾けた。
「知らなかったのか。騎士団はユグドラシア大陸の安全を維持することを目的として結成されている集団だ。騎士団のメンバーはみんな強くて頼りになる。央都近辺にモンスターが出現しないのは騎士団の団員がモンスター達を狩ってくれているからなんだぜ。クラスメートの子がそっち方面に向かっていくってことは騎士団の関係者かもしれないな」
「そんな団体が存在していたんだ。今度カナリアに聞いてみようっと」
夕食を食べ終えて自分の部屋へ戻った。部屋に戻るとガリウドから渡されたノルデンからの手紙を開封して読んだ手紙にはこう書いてあった。
『タツキとハルタへ、
私がユグドラシルを出て一週間ほど経ったか。私は無事サザンカ村に着いた。私は相変わらずシーナと一緒に仲良く宿を経営している。お前達は学校生活に慣れたか? そろそろギルドから任務を受注したらどうだ? 稼ぎにもなるしな。任務を遂行する上で大事なことをアドバイスしてやる。任務は何が起こるわからないから準備万端でいくこと。そして敵わない相手だと思ったらすぐ退くことが重要だ。その上で戦いを積み重ねることが強くなることの鍵だ。今度会った時の話に期待している。
ノルデンより』
ノルデンはとても面倒見がいい。ノルデンのような人が高校の担任だったら毎日が楽しいに違いないだろう。
「こんなにノルデンさんに言われると明日のモチベーションがもっと上がっちゃうよ」
「そうだな、明日もよろしく頼むぞハルタ」
「もちろん」
心の中に期待や不安などの気持ちが混在しながら俺は明日に向けて深い眠りについた。
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