始まりの日
俺は死んだと思ったが、体には確かな感触があった。目を開けるとそこには天井があった。見渡してみると俺はベットの上に横たわっていて、隣にもベットが並べられていた。そこには死んだはずの春太が寝ていた。
見渡していると、部屋のドアが開き、犬の姿をした人間の女性がやってきた。
「目がさめましたか、もうお体は痛くありませんか」
彼女は優しい笑顔でほほ笑んだ。
「ここはどこですか?そして、あんたは誰?」
「私はシーナ、この村で宿屋の手伝いをしているの。ここはユグドラシア大陸の北にある村サザンカよ。どうしてあなたたち二人は森の中で傷を負って倒れていたの?」
ユグドラシア大陸とは聞いたことがない大陸名だ。
「? そうだっ、おれは教室で刺されて……」
俺は焦って自分の腹へと手を伸ばしたが刺されたはずの腹は元通りで痛みはない。
「あなた方お二人は森の中で腹から血を流してたおれていたのです。幸いにも私が治癒魔法を使うことができたので治しておきました。ですがまだ完治はしていないので急な動きはしてはいけませんよ」
「そうだったのか、ありがとう」
どうやらここは日本でもなく元居た世界ではないらしい。魔法を使えて、犬の姿をした人が存在する世界? 一体どこなんだろうか。
「夕食の準備がもう少ししたらできるので、下の食堂へいらしてください。あと、そちらの方ももう少しで起きると思います。では」
シーナは下の階へと降りて行った。
少しばかり今の状況を整理していると隣の春太がぼそぼそと何かを言い出した。
「痛い、痛い、苦しい……」
春太は目を閉じたまま頭の中でうなされていた。
「大丈夫か春太、しっかりしろ」
「うぅん? 龍樹? ここはどこだ」
春太は不思議そうにあたりを見渡した。
「春太これから言うことをよく聞いてくれ」
「俺たちはどうやら地球ではないどこかへと‟転移”してしまったらしい」
「まじかよ。えっ、てか腹も治ってるじゃないか。 どうやって? そしてなぜ?」
「それがまだおれもなぜここに“転移”したのか全くわかっていないんだ」
俺は起きるまでに何が起こったかを春太に説明をした。そして説明を一通り終えた後俺たちは下の階の食堂へと向かった。
下の食堂へ行くと食事の準備をしているシーナが目に入った。食事が並べられたテーブルには俺ら二人とシーナ以外にシーナと同じ種族の姿をした大柄な女性がいた。彼女は俺たち以上に筋肉がついていて、左目には戦闘によって受けたと考えられる傷があった。
「すみません、もう少しで食事の準備が終わるので空いているイスに座って待っていてください」
シーナは忙しそうに手を動かしている。
「手伝えることがあったら、なんでも言ってくれ。何もかも任せてしまってすまない」
「いえいえ、これが私の仕事ですから」
俺たちは空いている席に向かい合って座った。左手にはまだ全く口を開かない女性が座っている。
「あんたら何者だい?どこから来た?」
女性が鋭い視線を俺たちに向けた。
俺はその瞬間どう答えるべきか迷って固まってしまった。
「俺はハルタ。こっちがタツキだ。俺たちはなぜかわからないが、ここへと飛ばされた。助けられる前の記憶がないんだ」
ハルタがうまい具合に答えた。
「そうかそれは災難だな。だがまさかお前たち我が村を襲おうとしたわけではあるまいな?」
「いやいや、違いますって。そもそも記憶がないのでこの村のことも全く知りませんよ」
俺は慌てて答えた。これほど警戒しているということは頻繁にこの村が襲われているということなのだろうか。
「そうか、ならいいんだが。まさかお前たちこの世界についての記憶も全くないのか?」
「はい、もちろん忘れてしまいました。これからどうしていけばいいのやら。わかっているのはハルタとは親友であることだけです」
「それは大変だな」
「というと?」
「今お前たちはこの世界の言語を喋れるものの、読み書きや自分の守る術などといったこの世界を生き抜くための方法を知らないだろ」
確かに言われてみればそうだ。俺たちはどうすればいいのだろうか......。
話しているとシーナが料理を運んできた。スープとパンと何の肉かはわからないが肉料理が出てきた。
「では皆さん、準備ができたのでいただきましょう」
「いただきます」
俺は掛け声の後食べることを躊躇したが、いざ食べてみると料理は全て美味だった。ハルタも満足そうに食べていた。
俺たちより先に大柄の女性は自身の部屋へ帰っていった。彼女は帰り際に夕食後彼女の部屋にくるように言ってきた。きっとこれからどうすればよいかについて教えてくれるのだろう。
「シーナさんご馳走様。とてもおいしかったです」
「それは良かったです、そういえば紹介し忘れていましたね。先ほどまでここにいた女性はこの宿のオーナーであるノルデンさんです。以後お見知り置きを」
「じゃあ、これから俺らは彼女の部屋に向かうよ、それではシーナさんとはまた明日だ」
「ええ、ノルデンさんの部屋はタツキさんの部屋の隣です。では、おやすみなさい」
彼女は微笑んだ。どうやら彼女は色々とまだやるべきことが残っているらしい。
そして俺たちはノルデンさんの部屋へと向かった。途中でハルタと俺は、記憶を失っているという嘘をこれからこの世界でつくことを互いに決めた。
ノルデンさんの部屋をノックするとすぐにノルデンさんが迎え入れてくれた。ノルデンさんの部屋はオーナーだからか俺たちが先ほど目覚めた部屋より幾分広かった。壁には地図や剣など冒険に必要そうなものがたくさん飾ってあった。ノルデンさんに椅子にかけるように言われた。
「お前達が今居るのはユグドラシア大陸だ」
「ユグドラシア大陸?」
「そうだ。この世界の六大陸のうちの一つだ。で大陸の央都がユグドラシル」
ユグドラシルにユグドラシア、名前がとても似ているな。
「この世界には恐ろしいモンスターがそこらに沢山いる。それらに対抗するために必要となってくるのが剣術と魔術だ」
モンスターっていうとよく漫画で出てくるような奴らだろうか。そんな奴らがそこらに存在しているなんて恐ろしい世界だ。
「それらを学ぶ為にお前達がまず行くべきは央都剣・魔術学校だ」
元の世界で高校に行くのもだるかったのにまた行くのか。でもどんな学校なのか是非行ってみたい。
「剣・魔術学校?」
ハルタが嬉しそうに聞いた。
「そこで様々な事を学べる」
「そんな学校があるんですね、是非そこで学びたいです! 案内してくだいさいませんか。ハルタお前も行ってみたくはないか?」
「うん、面白そうだね。ノルデンさんお願いです。連れて行ってください」
「案内してもいいが、何もなしにはなぁ」
「というと?」
ハルタが不思議そうに聞いた。
「そうだなぁ、明日一日シーナの手伝いをしてやってくれ。そうしたら案内の件は了承しよう」
「わかりました、でも手伝いと言っても何をすれば……?」
「そんなもんシーナに直接聞け」
「あとひとつだけ聞いておきたいんですが、この国でのお金はどういう仕組みになっているんですか」
お金こそ生き抜くために重要なことの一つであると俺は思う。おそらくこの世界でも貨幣経済が成り立っていることが予想できる。
「この世界ではトナスという貨幣が使われている。トナスにはそれぞれ金トナス銀トナス銅トナスがある。大体銅トナス三枚でりんご一個ってところだ」
「そうですか、トナスを稼ぐにはどうしたらいいんでしょうか」
「稼ぐためには沢山の方法があるが、お前たちに最も適しているのはおそらく冒険者ギルドからの報酬受け取りだろう。冒険者ギルドは央都ユグドラシルにある」
「わかりました、説明ありがとうございます」
「ああ、今日はもう遅いそろそろ自分の部屋に戻って寝た方がいいぞ」
「ノルデンさん、今日は色々とありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」
俺とハルタはノルデンの部屋を後にした。
部屋に戻ってからはなかなか寝付けなかった。なぜかって? 自分の身に起こっていることを信じようにも信じることができなかったからだ。
「ハルタ起きてるか?」
「うん、起きてる。しかしどうやら本当に異世界に来てしまったらしいね。これからどうすればいいかな、タツキ?」
「とりあえずは明日シーナさんのことを手伝って、ノルデンさんに央都まで案内してもらうようにしよう」
「そうだね、まずは央都を目指そう!」
「明日は朝が早いだろうから今日はもう寝るぞ」
俺は目を閉じてそのまま深い眠りへと落ちた。
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