赤狐

銀ビー

赤狐

 一人の武士もののふが傷だらけの身体で門の前に立ちはだかっていた。


 時は平安、所は朱雀大路の南の果てにある羅生門の更に外。魑魅魍魎が跳梁跋扈する、現世と繋がる異界である。


 武士の前には一匹のあやかしが涼し気に佇んでいた。名を『赤狐しゃっこ』。その名が示す通り全身を燃え盛る火の如き赤い毛で覆われた大狐だ。


「ふむ、なぜそこまで抗う」


 妖が武士に問う。


「当たり前だ、妻や子を護るためにもこの先に進ませる訳にはいかん」


「何故だ?妾はそなた達を救ってやろうというのに何を拒む」


「救うだと?都の人々を気紛れで殺して回る事の何処に救いがあると言うのだ。恨みを、哀しみを生むだけだ」


「主らは気づいておらぬのか。その体に命がある限り無限の可能性を秘めた精神こころが束縛され、不自由を強いられている事を。だから妾がくびきを解き放つ助けをしておるのだろうが。そなたら人は命がある限りは食を求め、性を求め、富を求め続け生を貪るであろう。煩悩を捨て去る事はできぬのよ」


「それこそが貴様の勝手であろう。お前の言う精神こころの自由とやらよりも、我らが望むのは家族との一時の安寧であるのだと知れ。その為ならばこの命など惜しくもないわ」


「なんと頑なな。それこそがことわりに触れる事が叶わぬ人の限界である事に思い至れぬとは不憫なことよ」


「煩い。貴様の言い分など聞く耳持たぬわ。ここでけりを付けようぞ」


「争い殺すもまた人の業であるか。よかろう、此度は妾が一度退こう。そなたの生き様を眺めるのも一興であろう。代わりにそなたが生を諦め、精神こころの解放を願ったときに妾は再び現れる事としようではないか」


「何!本気か。本当に都を諦めてくれるのか」


「妾がお主を謀る理由はないであろうに。全てはお主の腹一つと心得るがよい」


 そう言うと赤狐は宙を蹴り天空高く消えていった。


「・・・助かったのか」


 武士は力尽きその場にしゃがみこんだ。その双眸からは涙滂沱と滴り、暫くは動く事も叶わなかった。


「くっ、帰らねばな。おね、さえ、おとうは今帰るぞ」


 武士は傷つき歩くことも困難な体を刀で支えながら門を潜り都へ向かい歩く。


 妻が幼い我が子を手にかけ、間男と逃げた事など知る術もなく。



 三日後の都の大惨事を生き延びた者は口々に語った。


「赤いキツネが空を飛んでいたんだ」と


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赤狐 銀ビー @yw4410

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