Ⅳ そして回る日々 ー母の場合ー

「あれ、卵が減ってる」


 次の日の朝、熱も無事下がり元気に動けるようになったらしい長男のさくは、冷蔵庫を開けて不思議そうな声を上げた。


「親父が味卵にしたんだよ」と、次男のけいが答える。

「本当だ、タッパーが置いてある」


 タッパーの存在を確認した朔の後ろに立った圭は、朔に対して呆れたような声を出した。


「兄貴、安いからって卵を大量に買い込む癖やめろよ。いつも賞味期限ギリギリになって困ってるんだから、そろそろ学べ」

「しょうがないじゃん、安いと買いたくなるんだから」


 悪びれもせず、朔は圭に言葉を返す。

 こうして並んで笑っているのを見ると、やっぱりあの人に二人は似ていると思う。

 そんなことを考えていると、「あ」と口にして、圭が思い出したように朔に向き直った。


「そうだ、兄貴。俺、今日は部活休みなんだよ」

 圭の言葉に、朔が少しだけ目を丸くする。圭の所属する部活はほとんど毎日活動があるから、休みと聞いて珍しかったのだろう。


「そうなんだ。じゃあ早く帰ってくるの?」

 朔が尋ねると、圭は無言で頷いて肯定の意志を示す。


「あと、昨日親父が言ってたけど、親父も今日は早く帰ってくるってさ」

「へー、珍しい」

「だから、今日の夕飯は外食にしようって親父が言ってた。激辛料理を食べに行きたいんだと」


 そこまで聞いて、朔が「あれ」と呟く。


「……それは、圭のリクエスト?」

「なんでだよ。親父だよ」

「……父さん、辛いもの苦手じゃなかったっけ」

「『この数年で平気になっているかもしれないから』って言ってた」

「……僕は、そうは思わないけど」

「俺もそう言った」

「まあ、本人が行きたいならいっか」

「俺もそう思う」


 朔の言葉に、二人が顔を見合わせて笑い合っていた。

 ひとしきり笑い合ってから、圭が壁にかけられた時計を見て口に開く。


「そろそろ学校行くか」

「…………あ、その前にちょっと圭」


 そう言って朔は振り返り、圭の手を取ってこちらの方に駆け寄った。


「いってきます、母さん」

「…………いってきます」


 朔が私の写真を見て微笑み、圭はどこか恥ずかしそうに視線を逸らしながらも挨拶を口にしてくれた。


 そのまま二人は、玄関で靴を履いて外へ出ていく。


 その背中に「いってらっしゃい」と声をかけてから、私はゆっくりと目をつぶり、昔恋人時代にあの人と行った激辛料理の味を思い出していた。



 完

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メランコリーに回る日々 そばあきな @sobaakina

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