第6話 女神の寵愛

「オルガをここに召喚した犯人ってことですか?

 そこの、召喚陣を描いた――」

「それは知らない。

 大方、彼女自身だとは思うが、そこはぼくたちには関係のないことだからいいんだ」

「いいんだ……」


 そんなことより、とジャマル様は続ける。

 頭の疑問符を追い払って私もその言葉に集中した。


「ぼくたちの結婚が成立するたびに、オルガを殺してそれをリセットしていた犯人がわかった。

 直接の下手人が手下や協力者だったからわかりづらいが、裏にいるのは隣国ガスパラの姫だ。

 ガスパラのルチア王女で間違いない」


 隣国ガスパラといえば、長年、ラムバスタと同盟関係にある友好国だ。

 ガスパラ王は会議や式典でたびたびこの国を訪れており、私でさえも、同行したルチア王女が城下町の大通りを馬車で通るのをお見かけしたことがある。


 美人ではあるのだろうが、鋭い目をした、気の強そうなお方という印象だ。


「ぼくとしてははっきりお断りしたからそれで終わりのつもりでいたのだけどね。

 ぼくが表敬で訪れた際に、ガスパラ王から、ルチア王女との縁談を持ちかけられたことがある」

「そんなことがあったのですか!」

「ああ、ガスパラ王はそこまで強く押す感じではなかったから、近隣の同盟国のひとつとしての形式的なものだったのだろう。

 互いに年ごろの子どもがいて、話題にもしないのは逆に失礼だからね」


 そういうものなのか。

 私は、彼がルチア王女ほどの立派な身分のかたとの縁談を蹴って、私なんかと婚約してくれたことに気後れを感じてしまった。

 そのことが顔に出ていたのだろう。


「そう気にすることはないよ。

 べつに、きみとルチア王女を天秤にかけたわけではないのだから。

 ぼくは国や自分の利益のためではなく、惚れた相手と結婚したいと決めていたんだ」

「まあ!」


 自分の顔が赤くなっているのを感じる。

 ジャマル様は正直なお方だから、彼がそうおっしゃるのであれば、本当に私に惚れてくれたのだ。


「そういうノロケは、いまは結構よ。

 わたくしの命が弄ばれた話をしているの。

 王太子、さっさと続きを」


 オルガが珍しく怒っている。

 無理もない。

 彼女にとっては、自分を何度も殺した首謀者に関することだ。


「わたくしのエレーナといちゃついたら追い出すって言ったでしょう?

 あれ、本気なんだから」

「ああ、すまない」


 怒りの理由、そっちなのか……。

 たしかに言っていたけども。

 ジャマル様もそんな畏まらないでほしい。


「ね、ね? オルガ。

 怒ったらあなたの美貌が曇っちゃって、私、いやだな。

 笑ってるオルガが好きです」

「またまた~。

 そんな見え透いたお世辞で、わたくしが機嫌なおすとでも思って?

 あまいわ。

 エレーナったら、あまいわよ~」


 言いながら、私の頬を両手でぷにぷにこねる。

 満面の笑みだ。

 ちょろすぎません?


「……ぼくとしては、自分の婚約者が女神に愛されていることのほうに嫉妬を感じるのだが」


 ジャマル様がぼそりと言った。

 たしかにオルガは美しいけど、女神は言いすぎ。

 まあ彼女を怒らせた手前、褒めちぎろうという腹づもりなのだろう。


「それでジャマル様、犯人の話はどうなりました?」

「あ、ああ、そうだった。

 そんなわけで、ガスパラ王は娘とぼくとの結婚をあっさり諦めてくれた。

 だが、それで収まらなかったのが王女のほうなんだ。

 どうやらぼくに気があったらしく、ルチア王女はすっかり、ぼくと結婚する気でいたようだ」


 断られたと知った彼女のヒステリーは、常軌を逸していたらしい。

 帰国の挨拶をしにいった彼に掴みかかり、追いすがり、最後は泣きじゃくって呪詛の言葉をわめき散らした。


「怖いというより、気味が悪かったね。

 挨拶を交わす以上の関係ではなかったのに、よくもそこまでぼくに執着できたものだ。

 好きというよりむしろ、自分が断られたことのほうに我慢がならなかったのかもしれない」

「私にはわかりません。

 私はジャマル様からお手紙をいただくまで、自分の気持ちにも気づいていなかったくらいです」

「ああ、きみはそれでいい」


 横にいるオルガがいらっとした気配を感じた。

 惚気の空気に敏感だ。

 話題を犯人探しに戻そう。


「ええと、それで?

 そのことがあったからルチア王女が疑わしいということですか?」

「いや、これはあくまで傍証なんだ。

 決め手は、オルガをぼくが匿った回の記録書に記された、隣国の侵攻とわが国の内乱が同時に起こったという話にある。

 全面戦争にしては規模が小さいし、クーデターの顔ぶれが特殊だった。

 ルチア王女の私兵と、この国にいる彼女のシンパが起こしたものだろう。

 彼女もさすがは一国の王女なだけあって、鼻っ柱の強さと見た目で、この国でも結構ファンはいるんだ」


 とくに、暗殺を生業としている暗部の者たちには、彼女のあの刺すような視線がたまらないらしい――と、ジャマル様は自分には理解できないといったふうに語った。


 と、そこで、首を傾げていたオルガが尋ねた。


「どうして王女は、わたくしが匿われたときだけ戦争を起こしたわけ?

 失恋によるヒステリーなら、もっとほかのときにも起こってよさそうなものだけれど」

「そこなんだ。

 あの戦争はヒステリーなんかじゃない。

 きみというリセットのための装置を隠されたから、仕方なく、すべてを壊してきみを探しにきた。

 ぼくが死んでしまったのはたまたまだし、そのときにかぎってはエレーナの死も巻き添えだったのだろう」

「そこまでしてわたくしを?

 隣国との同盟まで台無しにして?」


 いや逆だよ、とジャマル様はいう。


「きみさえ殺せれば、同盟破棄だろうがぼくの死だろうが、すべてリセットされる。

 むしろ、すべてを元の形に戻すための戦争だったのさ」


 そして彼はひと呼吸置いて、たどり着いた真相を明かした。


「オルガというこの世界を司る女神を利用し、ぼくが自分と結婚する未来になるまでリセットを繰り返す。

 それが、ルチア王女の考えた計画だ」

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