第7話 理屈っぽい男

 ジャマル様は、オルガを「この世界を司る女神」と言った。


「わたくしの美しさを褒め称えているのかしら?」

「世辞や比喩などではなく、女神そのものだと言ったのだ。

 死ぬと世界がリセットされるんだろう?

 占いだとか夢だとか言っているが、ぼくはそれは、本当に世界が再構築されているのだと考える」

「再構築ねえ……。

 まあどっちでもいいけど、わたくしが女神だとそれに説明がつくってこと?」


 あんなに占いだと言っていたのに、「どっちでもいい」らしい。

 柔軟というか、いい加減というか。

 彼女にとっては、死んだら朝になっているという、ただその実感のみが真実なのだろう。


 そんなオルガにジャマル様は説明する。


「神学において、この世界を作った女神というのは、すなわち世界とイコールとされている。

 不死で、世界とともに永遠にあり続ける存在だ」

「わたくし、全然死ぬけど」


 オルガのツッコミに、彼は「そう、あなたは死ぬ」とうなずく。


「でも、死ぬから女神ではない、は早計だとぼくは考えた。

 全能の女神なら、死をも獲得することができるのではないだろうか?

 なろうと思えば、死ぬ存在にもなれるということだ。

 あなたはおそらく、たまに人間として下界を楽しんでいたのだろう。

 あの召喚陣で自身を受肉させて、お忍びでそこらへんをぶらついていた」

「なにかあったら死ぬかもしれないのに?

 そんな阿呆なこと、わたくしするかしら」


 すると思う。

 私は強く思ったが、話の腰を折りたくないので黙った。

 付き合いは短いが、このオルガならきっと、ひとりでいるのが退屈で下界に来たくなるにちがいない。


 ジャマル様も苦笑いで続ける。


「本来なら、死んでもべつに問題はなかった。

 死ぬはずのない女神が死ぬと、世界はそれをなかったことにするからね。

 そんな出来事なんてなかったとばかりに、あなたがこの部屋でくつろいでいた場面まで時を戻す。

 これが世界の再構築というわけだ」

「なるほどねえ。

 それならわたくしも気軽に遊びに来るかもしれないわね。

 あら? でも、問題はあるじゃない。

 こうして女神だったことを忘れているし」

「そう、それだ。

 忘れてさえいなければ、あなたは死んでも、再構築された世界から自由に女神の座に戻れたんだ。

 ところが、忘れたから繰り返してしまった。

 この本棚に収められたおかしなループを」


 なるほど、そうか。

 彼女が夢を見たと思ったのが間違い。

 自分の正体を忘れてさえいなければ、なにが起こっても「失敗しちゃった」と舌を出して空の上に帰ればよかったのだ。


「頭でも打って記憶喪失になったってこと?」

「そうかもしれない。

 たまたま起こった事故だった可能性もある。

 だが、その時点からルチア王女が関わっていると考えたほうが自然だろう」


 ようやく王女が出てきた。

 さっき、ジャマル様は彼女が首謀者と言った。

 ここからが本題ということ。


「ここは完全に想像だが――あなたは酒場で酔っぱらいでもして、自分の素性を誰かに知られたのではないかな。

 そしてそれが、ルチア王女の耳に入った」

「あらあら、人を酔っぱらいだなんて。

 そんな女神がいる?」


 だから、やりそうなんだって。

 あなたなら。


 目で訴える私にオルガが気づいた。


「エレーナ、わたくしならやりかねないと思っているのね?

 ひどいわ。

 どうせ想像なら、良い想像をしておいてもいいんじゃない?

 そうね……たとえば人助けをして、名乗ったとか」


 良い想像における彼女のほうが愚かだけど。

 それで満足するなら、いいか。


「ジャマル様、それで?

 人助けをして名乗ったオルガのことが、ルチア王女の知るところとなったのですよね。

 記憶喪失がたまたまじゃないとするなら、今回の計画を練った王女が、まずオルガの記憶を消したということですか?

 記憶って、消す方法があるのでしょうか」

「薬物によるものと魔術によるものがある。

 王女の手下なら、薬だろうね。

 暗部の連中は、要人を生かしたまま操る手法に精通しているんだ」


 さらりと怖いことを言われた。

 彼は要人側の人間として、身を守るためにそういった知識を叩き込まれているのかもしれない。


 そう考えると、ルチア王女がこんな小難しい計画を立てたことにも、ガスパラ王家として彼女の有する知識が活かされたということだ。


 まったく王族というものは、犯罪ひとつ犯すにも、庶民のまるで考えの及ばない方法を思いついてくださる。

 厄介このうえない。


 まあでも、そんな彼女の最大の失敗は、ジャマル王太子という彼女の上をいく知恵者を敵に回してしまったことだろう。


「それでは、ジャマル様。

 これからガスパラに出向いてルチア王女の罪を告発すれば、万事解決ということですね」

「それなのだが――」


 オルガと私の顔を見回し、彼はいう。


「この計画の巧妙な点は、彼女はつねに『まだなにもしていない』というところにある。

 オルガもぼくもきみも彼女に殺されたけれど、リセットされたからこうして無事に生きているだろう?

 ルチア王女を裁くことはできないんだ」

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