第5話 時間のない部屋

 ジャマル様の質問は、さすが頭のなかが整理されている彼らしく、とても端的なものが多かった。


 隣国のこと、天変地異、私や彼の命、この国の内政など、私から見て大きな事柄と思えるものから、オルガが見聞きした面白いものという個人的な話まで、矢継ぎ早に彼女に問う。

 オルガはオルガで、本当に何度も記録書を読み返しているらしく、質問の答えになる出来事が書かれている巻を、次々にジャマル様に示していった。


 彼は初めて図書館を訪れた読書好き少年のごとく、棚から抜き出した記録書を山のように積み上げては、なにやらぶつぶつ呟きながら読み耽りはじめた。


「ジャマル様、夜が明けたら結婚式なのですから、ほどほどにしてくださいね」

「問題ないよ、エレーナ。

 たとえぼくがここで数日ぶんの調べものをしたところで、その扉を出るとまだあの夜のままだ」

「そうなのですか?」


 驚く私に、彼は記録書から目を上げずに説明してくれた。

 無学な私にわかるはずもないのだけれど、とにかく彼の説明を鵜呑みにするとこうだ。


 ここは外部から完全に隔絶されている。

 音や光が漏れないだけでなく、あらゆる情報がシャットアウトされているのだ。

 そのため、外部の者にとって、この空間はすべての可能性が重なり合っている状態となり、再びあの扉が開かれるまで、中がどうなっているかが定まらない。

 その性質を利用し、扉は私たちが出るときに、入ったときと同じ状態を再現する。

 夜が明けていることがあったのは、オルガがそうなるよう決めて扉を開けたから。


 ……らしい。

 本当によくわからない話だ。

 横にいるオルガも、「そうだったのね~」などと感心している。

 あなたは部屋の主でしょうに。


「ふしぎだとは思っていたのよね。

 だってその本棚、占いの記録書がいっぱい並んでいるでしょう?

 わたくしは夢のなかで自分が死んだら、同じ朝に戻っているわけ。

 前回書き記したということ自体も夢だったことになるのだから、2冊以上になるわけがない。

 でも実際は増えている。

 なんかへんだけど、便利だからまあいっかと思っていたわ」

「世界から隔絶された部屋ならではの現象だろう」

「ふうん……?

 よくわからないけど、便利だから許す」


 許すもなにも……。

 オルガの頭も私と大差ないらしい。

 すこしほっとしたので、ジャマル様の調べものを待つあいだ、彼女と話すことにした。


「オルガはここにいつからいるんですか?」

「いつって、最初っからよ。

 その記録書の『1』にも書いてあるんだけど、気づいたらそこに寝ていたのよね」


 部屋の隅にある、丸い模様が描かれた床を指す。

 あれはなんだろう?


 首をひねる私にジャマル様が補足してくれる。


「あれは召喚陣のようだ。

 かつて王宮にいた魔術師が、飢饉のときに水の精霊を呼び出したものと似ている。

 ただ記録にあるものより術式が格段に複雑なので、もっと大がかりなものかもしれない」

「ということは、オルガって精霊?」


 わからないわ、と答えるオルガ。


「だってなにも覚えていなかったんだもの。

 そこに寝ていたのが最初の記憶で、なにをすればいいのかまるでわからなかった。

 だから最初の2000回くらいは、適当に1週間ぶらぶらして死んでしまうだけだった。

 起きたらまたそこに寝ているから、そういう嫌な夢を何パターンも見ているのね、悲しいわって」

「2000回あたりでなにがあったんですか?」

「あなたたちの邪魔をすると、寿命が1週間より延びることに気づいたのよ」


 邪魔、という言葉をいうときに意地悪く笑った。


「初めはね、あなたたちのサプライズ結婚式を何度も見ているうちに、ふと思いついた。

 これをサプライズじゃなくしてしまおうと。

 楽しくなってあちこちで言いふらしたわ。

 そしたらエレーナが反対派に暗殺されそうになって、王太子が慌ててどこかに匿ってしまったの。

 そのときに結婚式が二ヶ月も延期されて、わたくしの命も二ヶ月延びた。

 だから、これが正解の行動みたいだわ、と思って」

「それで私に付きまとうようになったんですね」


 私が知っているのは先週の一度きりだけど、彼女によるともう何十回も出会いを繰り返しているらしい。

 どうりで一方的に馴れ馴れしいわけだ。


「でもあなたが逆に、ここを訪れてくれるなんてね。

 今度はなにが原因?

 やっぱり噛んだのがよかったのかしら」

「いいえ、太ったのが原因です。

 オルガの奇行でもやもやして、やけ食いしたから」

「あー、たしかに!

 エレーナあなた、いつもぎりぎりでキープできていたのに」

「そのぎりぎりが崩れたんです、オルガのせいで!」


 彼女と話していると、時間があっという間に流れる。

 気がつくとジャマル様が記録書を棚に戻して、私とオルガの向かいのソファに再び座っていた。


 そして――


「犯人の目星はついた」

「犯人!?」


 思わずオルガとハモる。

 私も、そしてたぶんオルガも、ジャマル様がしていることが犯人探しだとは思っていなかったのだ。

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