第4話 ウキウキ姉妹面接
「え、外と全然違う……?」
扉をくぐった私は、目を疑った。
外観は廃屋と呼べるほど朽ちた店舗だったはず。
なのに、そのなかはまるで新築のように真新しくて、しかも――
「ここって図書館なんですか?」
壁一面に書物がぎっしりと詰まった棚が据えられている。
窓もないし、生活感だってまるでない。
かろうじてそこにある生活家具といえば、テーブルとそれを囲むソファだけだ。
だがオルガは、こともなげにいう。
「図書館? ううん、わたくしの家よ。
そこに並んでいるのは、ただの記録帳みたいなもの」
「ただの記録帳って、こんな」
と、そこで、入り口でなにやら確認していたジャマル様が私たちにのそばに来た。
その手には野草のようなものを持っている。
「ジャマル様、なにか珍しい薬草でも自生していたのですか?」
「いいや、これはただの雑草だ。
あの扉の外に生えていて、葉先のほうが扉のなかに挟まれていた。
見てごらん――ほら、ふしぎだろう」
私とオルガのまえに掲げられたその草は、根元が枯れていて葉先は青々としていた。
枯れつつあるということだろうか。
いや、でも、葉先が元気……?
首を傾げた私にジャマル様がうなずく。
「そうだよ、逆なんだ。
本来なら葉先から枯れてゆく。
なのにこれは、扉に挟まってこの部屋のなかにあった、葉先だけが生きている」
「それってどういうことなのでしょう」
彼はそこで、オルガに向き合った。
「オルガ……でいいのかな」
「ええ、ジャマル王太子」
「ではオルガ、教えてくれ。
この部屋のなかは、時間が止まっているか、すくなくとも極端にゆっくりしか流れていないのではないだろうか。
この草が示しているのは、そういう可能性だとぼくは思う」
時間が止まっている?
ジャマル様は真顔で、荒唐無稽なことを言いだした。
そんなことがはたしてあるのだろうか。
問われたオルガのほうは、なんともいえない思案顔をしている。
私たちにソファを勧めながら、
「うーん、よくわからないわ。
ここにいるとたしかにゆったりした気持ちになるけど、それは自分の部屋にいる安心感だと思っていたもの。
ああでも、たぶん完全に止まってはいないんじゃないかしら。
たまにこうして戻ってきて記録帳を読み返したりするのだけど、出ると、暗かった外が明けていることがあるわ」
記録帳。
改めて眺めると、この壁の棚がすべてそうだとすれば、彼女のいう記録帳は膨大な冊数だ。
何百冊というレベルではない。
万……まではいかないにしても、数千冊はあるように思える。
「読み返すって、この量を、一度は全部読んだってことですか?」
「一度もなにも、何十回も読み返しているわ。
忘れるべきではない事柄もいっぱい書いたし、それに、懐かしいし。
これなんて……うふふ、ちょっと擦り切れるくらい読んだかも。
大好きな1冊」
「書いた?
このたくさんの本って、オルガが書いたんですか?」
「だから記録帳って言ってるじゃないの。
日記というか、占いの記録よね。
わたくしは夢として何度も違う未来を見ているから、それを書き留めているってわけ」
言いながらオルガは私に、彼女のいう「大好きな1冊」を手渡してくれた。
表紙には『3622』とある。
「それね、3622回めの占いなの。
わりと最近よね。
でも、そこでわたくし、はじめてあなたに懐いてもらえて。
見てよ見てよ、この『貴重なあなた』ってすてきなタイトルをつけたところ」
はい?
私がオルガに懐いた?
「え……」
示された章を読んだ私は絶句した。
そこには、オルガの視点から見た、「エレーナ」という女性との旅のはじまりが書かれている。
ふたりは仲睦まじい姉妹のように、じゃれ合いながら旅をする。
背中に植物の種でいたずらをしたり。
そっと手を繋いだり。
そしてオルガのモノローグとして、そんな「エレーナ」がどれほど貴重で、これまでどれほど望んでもそこまでは近づけなかったことが述べられている。
仲良くなりたかったが、脅しての逃避行ではそれも叶わなかったという思いが吐露されている。
なんだか切ない。
「このエレーナって、私なんですか?」
「まあ、べつの未来のエレーナってところね。
あなたではないけれど、あなたでもある。
だからそのエレーナみたいに、わたくしに懐いてくれてもわたくしは全然構わないわ。
さ、おいで~」
そう軽口を叩きながらも、彼女はわかっているのだろう。
いまの私は、そこに書かれている私とは違う。
オルガの笑顔は、どこか寂し気だ。
「私と仲良くなりたいからって、こんな妄想日記を書かれるのはな~。
気持ち悪いかも~」
「こらエレーナ、わたくしに向かってそういうことを言ってはいけないわ。
今日のことだって、夢だったらあとで記録することになるんだから。
もっとわたくしを幸せにしてちょうだい。
ほらここ、横に座って」
「うーん……。
まあ、それくらいならいいですけど」
すこしだけ隙間を開けて、オルガの横に座った。
自然、ジャマル様はひとりで向かいのソファに座ることになる。
「うふふ、まさかこんな展開があるとはね。
おふたりが……というか、誰かがここに入るのはこれがはじめてのことよ。
呼びたいとは何度も思ったのだけれど、誰にも知られずに王太子に連絡をとることはこれまでできなかったから、そちらから来てくれて本当に嬉しい」
「ぼくは説明してほしいことが多すぎて頭がくらくらしているよ。
たくさん質問することになると思うから、覚悟してくれ」
「あらあら、なんだか面接みたいね」
横にいる私に向かって、「ね?」なんて笑いかけてくる。
馴れ馴れしいとは思うが、オルガの思いが書かれたあの記録帳を読んだ直後ということもあって、すこし彼女に気持ちが同調してしまう。
正直なところ、未来のことが書かれた占いの記録帳という存在はあまり理解できていない。
未来を見ることなんて本当にできるのだろうか。
見ることができるとして、なぜ、こんなにも彼女は異なる未来を見ているのか。
そもそも、オルガとは何者なのか。
ただ、ソファに置いた手をたまに偶然っぽく私に触れてくるこの女性なら、今日のこのことを記録するときに『ウキウキ姉妹面接』だとか浮かれたタイトルをつけそうだなと思った。
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