第5話 震える小さい背中
翌朝――
私とオルガは、旅支度を整え、街を出てすぐの場所で落ち合った。
この街を離れることにしたのだ。
オルガは、フードのついた紫色のおしゃれな外套を着ている。
昨日みたいな普段着ではなく、外套のなかもしっかりと占い師らしいミステリアスな装飾のついた衣装だ。
見るからに旅の占い師といった装備である。
「エレーナ、王太子にはちゃんと手紙書いた?
あなたが黙っていなくなったら絶対に追っ手がくるからね」
「はい」
対して私は、ベージュの地味な旅装束。
背が低い私が長身で目立つオルガの横をちょこちょこ歩いていれば、まちがいなく、彼女の助手か小間使いに見えることだろう。
(すこし悲しいけど、これはカムフラージュだから……)
隠れるつもりならオルガも地味にしていればいいのにって?
それはまあ、そうなんだけど。
昨日あれから今後のことを話し合うついでに、うちの店にある服で彼女をコーディネートしてみた。
普段着からフォーマルまで、よくいえば多種多様、悪くいえば雑多に取り揃えているのが売りである。
ところが彼女は、どの服を着てもふしぎと人の目を惹いてしまうことがわかった。
へたな男性よりも高いすらりとした身体に、それこそお人形のような白い肌と優雅な身のこなしをする彼女は、地味な服を着れば着るほど、「そういう役を演じている役者さん」に見えるタイプだったのだ。
だったらもういっそのこと、目立つことが自然な存在で旅をしようとなったわけ。
おかげで横にいる私なんて、きっと誰の印象にも残らないことでしょう。
(嫉妬も感じないってこんな気持ちなのね。
もう私とはべつの、神様から美しさを与えられた生き物って感じ)
もしかして、そのせいで死の運命にまとわりつかれているのかもしれない。
もしそうだとしたら、バランスとしてはわりと五分五分かも。
彼女はそれくらい美に恵まれていた。
じっと見つめている私の視線に気づいたオルガがいう。
「そんないまさらになって睨まれても困るわ。
せっかくの旅なんだから楽しくやりましょ?」
「はいはい」
もうすっかり彼女のペースだ。
数日もすれば、私も見た目どおりの助手根性が染みついて、せっせと彼女の身の世話をしていそうな気がする。
それも悪くないと考えている自分が恐ろしい。
「で、エレーナ。
王太子への手紙には、どういうふうにお別れを書いたの?」
「もうふつうに、『ごめんなさい、あなたとは結婚できません』とだけ。
余計な嘘の理由を書くと、あのかたは絶対に、その障害を取り除こうと動くから」
「すごい信頼」
実際、ジャマル様の問題解決能力は人並外れている。
もしほかに好きなひとができたと書けば、そのひとを越える努力をして、必ず私を再び振り向かせようとするだろう。
身分違いを理由にすれば、私の父に爵位を与えることすら厭わないはずだ。
私を悪くいうものがいれば、殺したり排除するのではなく、辛抱強く説得するに違いない。
どう言い繕おうとも、彼は私をきっと離さない。
手前味噌だが、それくらい愛してくれていると思っているし、彼の愛は本気だ。
でも――
だからこそいまは、ただ婚約破棄を告げることしかできなかった。
自分で決めたことだけど、とても悲しい。
あのかたの腕に抱かれることがもうないのが、たまらなく心細い。
「……オルガ。
楽しい旅に、しようね」
頑張って絞り出した私の声が震えていたのかもしれない。
オルガは黙って外套のなかに私を抱き寄せ、涙が止まるまで背中を撫でつづけてくれた。
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