第6話 貴重なあなた
住み慣れた街――ラムバスタ城下町を出て半日ほど。
舗装された街道を隣町へと進みながら、私は数歩先を歩いているオルガの行動を観察していた。
まず彼女は歩くのがとても速い。
これは脚の長さの有利もあるのだろうが、動きに無駄がなく、そして迷いがない。
通い慣れた通学路を歩くことを想像してみてほしい。
踏むと歩行が乱れる、たとえば側溝の蓋のガタガタしたところは習慣的に避けて歩くだろう。
歩きやすいところに足を置き、不安なく前へと進んでゆく、あの感じ。
オルガはそんな調子で街道を歩いてゆく。
「オルガってこの道慣れてるんですか?」
「ん? はじめてよ?
わたくしインドア派だもの」
そう言いながらも――
ほら、いまそこの石畳をわざわざ避けて踏んだ。
私があえて踏んでみると、そこの石はいちど剥げたあとに戻されたらしく、踏んだ感触が悪い。
彼女はこの程度のものまで避けて歩いている。
「父のおつかいで私はここ、何度か歩いたことがあるんです。
でも、オルガみたいに慣れた歩きかたは無理。
何十回も歩いたことのある歩きかたですよ?」
「あなた忘れてない?
わたくしは占い師なのよ。
はじめてでも、たいていのことは知ってるの」
親指を立てて得意げにする彼女。
道の感覚まで占いで知っている……?
そんなことが可能なのだろうか。
「占いを舐めちゃいけない。
未来が見えるというのは、すごいんだから」
「今夜の天気を教えてください」
「星がいっぱい見える晴れ。
ああでも、東のほうを眺めて歩くと面白いわよ。
あっちのほうだけにわか雨が降って、雷が落ちるのがはっきり見えるから」
彼女の言うとおりだった。
10分ほど眺めていると、稲妻のお手本みたいな見事な雷を見ることができた。
「ほら~。
わたくしのこと、天才占い師って呼んでね」
占いはすごい。
でも調子乗りすぎでちょっとムカつく。
私は道端に落ちている植物の実、通称ひっつき虫をたくさん拾って、オルガの外套の背中に次々とひっつける。
うまい具合に文字の形になった。
「天才占い師さん、お気づきになられました?
背中にアホって書いてありますけど。
これは占いでわかってて、あえてそのまま歩いてるんですか?」
「は、なに? 背中?」
慌てて外套を脱いで確認している。
そして、ムスッとしながらひっつき虫を落とす。
この旅がはじまってから、ようやく可愛げのある彼女を見られた気がした。
「ごめん、ちょっと意地悪してみました」
「あのね~……。
こんなことするあなたは占いで見えなかったわ。
なんかよっぽどわたくしに恨みがあるとか?」
「違います」
私は小走りで追いついて、彼女の横に立つ。
油断しているその手を握った。
オルガの手は真っ白いだけじゃなく、ひんやり冷たい。
天使がいるとしたらこんな感じかもしれない。
「なあに? おてて繋いであるきたいの?
エレーナはおこちゃまね」
「ふふふ。
歩くのが上手なオルガの手を握っていたほうが、早く歩けると思ったんです。
これも占いで見えないやつですか?」
そうだね、とオルガは呟く。
私の手の形を確かめるようにしっかりと握り返してくれた。
「あなたのことは占いで見たのと変わったみたい。
この手のぬくもりもわたくしは知らないし、とっても貴重。
貴重なあなたを大事にしたいんだけど、占いと違うと難しいのよねえ……」
なにやら困ったような、複雑な笑顔を見せてくれた。
私は占いのことはよくわからないので、ただ、それこそママに手を繋いでもらった子供のように笑い返した。
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