第35話 会話って難しい
私はそのまま、相談を続けました。
「そう言えば、姉が母の連帯保証人になっている借金があるんですが、それは支払っても単純承認に当たりませんよね?」と確認して(もちろん連帯保証人の場合は遺産でもなんでもなく放棄できませんから、支払い続けるしかありません)、「母が姉の名前を使って通販の商品を購入していたのですが、それの支払いまで滞納しているせいで、弁護士事務所から姉宛てに督促状が届いてます。どうすれば良いのでしょうか」と訊ねて。
――姉も姉で、なかなか不憫なんですよね。
まあ幸いというかなんというか、連帯保証人になっていたのは、そもそも現在姉が乗っている車のローンですから……自分の車の支払いをしているのと同義です。
ただ通販に名前を使われていたことは、全く知らなかったそうで。
恐らくですが、母は「初回無料、送料500円のみ!」みたいな商品を、たくさん手に入れたかったのでしょうね。
その初回のみで終われば問題なかったんですが……そう言うのってすぐさま解約手続きしないと、自動的に高額な定期購入に移行されちゃうことが多いんです。
母はそう言った商品代についても、見事に滞納しておりました。
結果それらの販売会社がお抱えの弁護士事務所へ委託して、「法的手段に出るぞ?」という督促状を送って来ていたんですね。
その宛名が、母だけでなく姉の分もあって。
もちろん姉は知らぬ存ぜぬですから、督促状を見た時には飛び上がっていました。
母名義のものは「遺産放棄しました!」で通用するでしょうが、姉名義の分は逃げられないのではないか? と。
すると弁護士さんは、「徹底的に争うしかないでしょうね」と言いました。
「私は知りません。同居していた母が勝手にやったことです。私本人が購入したって、どうやって証明できるんですか? 本人確認はどうされたんですか? 身分証見たんですか? 確認もせずに販売なさってるんですか? って言い張るしかないです」と。
正直そこまで行くと裁判案件らしく、「これはご本人が相談、依頼すべきことであって、ましろさんは一切関係ないです。今これ以上この話をしても、ご本人が不在なら意味がありません」とぶった切られました。
私に関係ないとまで断言されて、いっそ清々しかったです。
「ウワー! 本当だ! 私に関係ねえや、これ姉ちゃんの問題だー!」と(笑)
弁護士さんとお話していて、「ああ、これが本物の正論パンチだ!」と思いました。
ぐうの音も出ない、理にかなった会話。
話の論点が少しでもズレようものなら「それは違います」「ましろさんに関係ないです」と即修正してくださいました。
聞く人によっては、かなり冷たいというか――「もっと他に言い方あるだろ!」みたいな喋り方だったのかも知れません。
ただ私の心には、全てがスーッとまろやかに沁みわたりました。
情に絆されて馬鹿を見る~なんて、ないんだろうな(ひとつも情がないことは、ないでしょうが)と思って(笑)
かえって安心しました。
親の借金問題から逃げたくて、自己破産までして家を出たんです~と告白すれば、「ご兄弟の仲で一番賢いですね、良い判断だったと思います」と褒めて(?)頂けましたし。
何なら、「ましろさんの賃貸だって、そんな大人数が同居すること前提で借りた訳でもないのに……兄弟が転がり込むのは、断るべきでしょう。そのまま実家に住まわせる方向で話を進めた方が、絶対に良いですよ。――というか、この辺りが家族の縁の切れ目なんじゃないですか?」とまで言われました。
……弁護士先生が言うんだから、きっと間違いないんだろうなあ! ←
結局、最後の方は「本当に災難でしたねえ」「そうですねえ、頑張りますう」と、談笑していました。しかも、気付けば1時間半ぐらい相談に乗ってくださいました。
――そうして相談を終えたら兄姉に結果報告して、後日さっさと年金事務所へ行こうということになったのですが……。
この未支給年金、受け取れるのは「生計を共にしている家族」のみです。
私はとっくに家を出て住民票も移していたし、母と被扶養関係でもないので、受け取る権利がありません。
姉は仕事だからと、兄と2人で年金事務所まで出向いて、手続きの書類を記入して。
そこで職員さんから、「もう既に入金予約がされていますから、お母様の口座に入金されますよ」と説明を受けました。
私も兄も慌てて、「いや、自分たち「遺産放棄」してますから、母の口座に入金されると、引き出せなくて困るんですけど……その場合はどうすれば良いですか」と訊ねます。
すると職員さんは、「入金されても平気ですよ、この口座を作った〇〇銀行の支店を訪ねて下さい。そこから先は、銀行の職員さんとのやりとりになります。一旦お金を年金事務所へ返金して、3か月ぐらいお時間をいただいたのち、改めてましろ兄様の口座へ振り込むことになりますから」と答えました。
――今なら分かるんですけどね、職員さんは恐らくこの時、私たちは当然「母の口座を凍結している」ものとして話していらしたんですよ。
人が亡くなった時って、すぐさま凍結するもの……なんですかね? たぶん、そうなんでしょうね……遺産放棄する時は特に。
でも「放棄するので」「母の口座から引き出せない」って、しっかり口に出したんだけどな~! 「既に凍結してるから引き出せない」って受け取られたんだろうな~!
私と兄もまた、職員さんの説明を受けて、見事に勘違いしました。
「へー! 母さんの口座に入金されても、銀行の人が処理してくれるんだー! じゃあ、このまま凍結せずに置いておかなきゃダメなんだなー! 危うく凍結するところだったわー! セーフセーフ!」と(笑)
あとはもう、前話で書いた通りですよ。受け取れるはずだった20万円が、私たちの阿呆みたいな勘違いでパアになりました。
兄は銀行で相当ごねましたし、年金事務所にも「銀行の人が処理するって説明されましたよね、困るんですけど」と電話しましたが――別に録音していた訳でもありませんしねえ。
「言った」「言ってない」の不毛な世界が続いただけでした。
銀行の方は「まあ、ちゃんとして説明を受けられていたら、わざわざ損するようなことしませんよね……ご愁傷様です――」と同情的でしたが、年金事務所としては「間違いなく入金したという履歴がありますから、それ以上こちらは何も言えません。どうにもできません」と。
いや、そもそも亡くなってすぐ凍結してなかったこっちが悪かったんだよ……仕方ない、仕方ない……でも辛かった……わざわざ遠い年金事務所まで赴いた結果、勘違いのせいでこんな残念な結果に終わるの? と思いました。
ちなみに、キッパリ諦めるため兄と共に弁護士先生に「これって、もう無理ですよね?」と確認したところ、「あー、どうにもできませんねー。でもそういう会話の食い違いって、悲しいかなよくあることなんですよ。ただ、ちょっと高い勉強代でしたね」と苦笑いされて、すんなり諦めがつきました(笑)
皆さんはくれぐれも気を付けてくださいね!
――そもそも「遺産放棄」勢が少ないか! ガハハ!
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