第32話 胸のしこり

 私はその日、「つらい」と思いながら自宅に戻りました。

 思いっきり泣きたい気分だったのですが――やはり、「姉が居る所で泣くと気に病むかなあ、面倒くさいなあ」という気持ちが抜けなかったのです。


 だから帰りの車内で、1人泣きながら帰りました。


 あまりにもな火葬でダメージを受けて、占い詐欺でダメージを受けて。

 しかも携帯を調べれば調べるほど、母は本気で生身の人間とやりとりしていないということに気付きました。


 自業自得だけど、あのモンスター孤独すぎる。


 そうして家について、なんだか色々と洗い流したい気持ちだったので、お風呂に入って。

 お風呂上がりに髪の毛を乾かしていると――心配してくれたのか――元上司が仕事を早上がりして帰ってきました。


 実は私1年半前に、コロナ禍でホテルのシフトが激減したため、自主退職したのです。

 そこからは、コロナ関係なしで稼働する倉庫軽作業の派遣で稼いでいて……接客業は、コロナが落ち着くまで不安定で厳しいです。

 元上司は、職場が別になっても変わらず一緒に住んでいます。


 ――火葬の時、あまりにも衝撃的だったので、ついつい「姉と意志疎通が上手くできず、母の死に顔を見れないまま焼きました」と、ストレートな愚痴メールを送っていたんですよね。


 ……中立の立場なんてね、表面上見えれば十分なんですよ!

 そもそも色んな間違いに気付かなかった上、人任せにしていた私が悪いし――こんなものは責任転嫁でしかないけれど、明らかに姉の責任が大きいでしょうが! 私の羊になってくれ! ←


 元上司は「メール見たけど、どう言葉をかければ良いのか、分からなかったから……」と言って、その日の晩御飯まで買ってきてくれました。優しい。


 その後、どういう状況でそんな悲劇が起こったのか説明を求められて――詳細を話そうとした途端に、私は号泣しました。

 姉や兄の前で笑うしかなかった分、その人の前ではしゃくり上げながら「あいつらぁ(主に姉)、メチャクチャですぅう」と。


 母の占い詐欺についても話しました。自分の中で抱え込んでいても消化しきれずに、吐き出したくて仕方がなかったのです。


 でもそうして人前で散々泣いたら、やっと胸につかえていたものがとれて、スッキリしたような心地になりました。


 元上司はまだご両親が健在ですから、「しっかり親孝行してくださいね」と伝えて。

 私の両親、父母ともに64歳で亡くなったんですよね。本当に人間、いつ死ぬか分かりません。


 ――ただ、泣いてスッキリしたのは良いんですけど……実はもうひとつ、とんでもない問題が残っていたんです。


 母の遺産を放棄するとなれば、兄と姉はどうしたって実家を出なければなりません。

 ずっと母に金銭搾取されていて、彼らもまた借金を抱えている状態。もちろん貯蓄なんてものはないです。


 そんな状態で家を出て、賃貸契約なんてできるはずがなく――「金が貯まるまで、ましろのところに転がり込みたい」と救援要請を受けていたんですね。

 私は曲がりなりにも同棲している訳ですが、籍を入れている訳でもないし、相手には帰る実家があるし――と。


 正直、「なんでそこまで? 私はこういうことになるのが嫌で、誰よりも先に家を出て、安息の地を手に入れたんだぞ?」という思いはありました。


 まるで3匹の子豚のようです。

 末っ子は「レンガで家を建てたら強い(迫真)」って言ったのに、上が話を聞かないから――と揶揄すれば、元上司は複雑ながらも笑っていました。


 しかし母をこんな形で亡くしたため、ここで要請を断ったらどうなるのかが怖かったです。

 サイコパス姉はともかくとして、傷心している兄はやばそうだと思って。


 兄はヤケになりやすいところがありますから、何もかも面倒になったら家に火を付けそうだな~なんて(笑)


 元上司に「今こんな話になっていて、下手すると一旦、実家へ戻ってもらうかも知れません」と相談すれば、「住む場所となると命に関わるから、こればかりは仕方ない」とあっさり納得されてしまいます。


 理解があって助かりますが――あまり簡単に納得されてしまうと、それはそれで「もしかして、これっきりで別れることになるのでは? 職場だって変わって、今まで毎日顔を合わせていたのが今後は難しくなる。本当は、前から別れるタイミングを計っていたのでは?」と悩む訳です。

 要請しておいて面倒くさいですね、私(笑)


 ――で、でも、約6年間、求婚断られていますから! 不安になりました。

 コメント欄で指摘されて初めて気付いたんですけど、本気で拙作のアレクシスと魔女のような関係性ですね。


 アレクのモデルは明確に私だったのですが、まさか、魔女のモデルまで存在したとは……しかも男女逆転してる。潜在意識って怖い←


 私は軽く落ち込みながらも、「全部落ち着いたら、またここに戻って来てくれますか」と聞きました。


 お相手は初め、「落ち着いたらって言っても……何ヵ月先の話になる? 難しいんじゃない、ご兄弟がすんなり出て行ってくれる保証もないし」と否定的でした。

 でも最終的には、「(実家の両親に)半年ぐらいで、またここに戻るからって伝えるよ。……本当に伝えて良いんだよね? 頼むよ?」と。


 ……ツンデレなのかな? やはり魔女だったか。


 彼のトラウマを作り上げた女性は、ご両親に挨拶を済ませたのち、いきなり婚約破棄をぶちかましたそうです。

 20代の頃お話らしいので……まあ詳細を聞く限り、お相手の若気の至りなのでは? と言う感じなんですけれどねえ。


 両家のご挨拶前に、「実は山形県の専門学校に行こうと思ってるから、お互いのために別れたい」と突拍子もないことを言い出して、相当揉めたそうですから。

 どうしても結婚する決心がつかなかったか、ご両親とソリが合わなくて同居にナーバスになったか、最初から遊びで他に相手が居たか。


 いや、わざわざそんな野暮なことは指摘しませんけどね。思い出って美化されますし、汚すのは忍びない。


 だから結構、憎まれ口を叩きながらも今回の要請はショックで、不安だったらしいです。

「これっきりで終わったら、また親をガッカリさせることになる」と。


 じゃあ私と結婚すれば良いじゃん、とも思いますが――まあ、この話は良いです。

 しんどい話ばかりですので、ちょっとした箸休めでした(笑)


 とりあえず私は兄弟の命を助けるため、できる限り協力することを決めました。

 とは言え、まずは本職の弁護士に遺産放棄について聞かねば、どう動いて良いものやら分かりません。


 初めは兄が一生懸命「法テラス」とか「弁護士無料相談窓口」とかに電話していたんですが……どうも、卯月家の状況は特殊過ぎるということで。


「ウチの手に余るから、試しに地域の無料相談ダイアルへ電話してみてください」「ウチではそこまで関与できないので、結局○○に頼んで二度手間になります」「地域の家庭裁判所へ直接行って、そこで詳しく訪ねてみてください」と、たらい回しにされたそうです(笑)


 結局3人揃って家庭裁判所まで出向いたのですが、「ここで弁護士を紹介することはしていませんので、「法テラス」さんを使われるとか――」なんて、振り出しに戻されました。

 本当に、ややこしい家庭で申し訳ない…… (笑)


 ただ、遺産放棄手続きに必要な書類だけは受け取れました。あとはそれを記入して提出するのみで、「遺産放棄」自体は簡単にできます。


 問題は、母の負債のその後。実家を出るタイミング。

 母の連帯保証人になっていた姉の扱いや、弁護士事務所から届いていた「これ以上返済渋ったら、法的手段に出るぞ?」という内容のハガキをどうするか――などなど。


 家を出るにしても、そのまま捨て置いて良いはずもありませんし……一体どんな手続きをすれば良いのか、どこまで片付けて良いのか。

 家裁に行っても「放棄」の手続き以外は何ひとつ分かりませんでした。


 ――と、ここで自己破産マスターの私の出番ですよ。

「ましろ、弁護士とやり取りしたことあるよな? 直接どっかの法律事務所へ行って、相談してきてくれ」と。


 いや、正直「何で末っ子にそこまで強いるんじゃ! もっと甘やかせよ!」とは思いました←


 しかしほんの数日前、何でもかんでも人任せにして痛い目を見たばかりですから……私も、ようやく学びましたよ。


 いくら面倒くさくても、自分でやった方が早くて後悔がないって(笑)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る