第31話 悲しきモンスター
占い詐欺とは、「個別に占って鑑定などを行うと謳う占いサイトが、実際には個別占いや鑑定を行わず――サイトのシステムを利用して、有料ポイントを消費させて利益を得る行為」のことです。
もう少し砕けて言えば、「凄腕占い師の先生が、あなたを特別に格安で占いますよ!」と宣伝しながら、実際は鑑定文のテンプレートを無差別に送りつけているだけ、というもの。
本物――そもそも「本物」がサイト運営なんてしているのかどうかも、私には明言できませんが――と詐欺を見分けるための特徴はだいたい6つ。
・入口は「初回無料鑑定」で、その後はポイント課金制。
・鑑定結果は他人とほとんど同じ。
・ネットで検索しても、占い師の情報が極端に少ない。
(細木〇子さんとかゲッター〇飯田さんとか、検索すればいくらでも情報が出てきますよね。例えが古くてすみません)
・サイト名、社名、公式サイトURLの頻繁な変更
・日本で法人登記していない、海外に住所がある
・悪質な利用規約
初回が無料だと間口が広くなりますから、「試しにやってみようかな」なんて軽い気持ちで登録してしまいます。
そうして無料で「占い師」とメールでやりとりしていると、妙な信頼感や依存関係が出来上がるんですね。
母が何故そのサイトに興味をもったのか分かりませんが、恐らく「あと少しで宝くじの高額当選がある」とか「鑑定を続ければ、あなたは確実に幸せになれる」とかいうテンプレ迷惑メールに釣られたのでしょう。
そうしてサイトに登録してしまえば、一日何通もメールが送られてきます。
「今から30分間だけ特別に」「先着10名だけ」「超有名占い師の先生がお越しです」「この通知は、あなただけに送っています。先生はあなたを救いたいのです」などと書かれたメールが、1、2時間置きに。
メールに記載されたリンクを開くと、「課金しますか?」となる訳ですね。
1回のメールのやりとりで、少なくとも1,500円かかります。
そんな詐欺サイトに母が登録したのは、メールの履歴を見る限り今年の7月のことだったようです。
とは言え、鑑定メールの保存期間は極端に短いことが多いらしく――利用者が詐欺だと気付き訴えた時、少しでも損害が少なく済むように、証拠を消しているのでしょう――もっと前から傾倒していた可能性はあります。
母は近所の宗教家が掲げる「救い」を嫌っていましたから、占いに救いを求めていたなんて意外でした。
何気なく相談メールを開けば、自称占い師の先生は、訳の分からないことを書いていました。
テンプレートですから当然ですけど、母と全く会話が成り立っていないんですね。
母は金銭面のことや体調面について相談していたみたいですが――。
「数日前から特別な期間に入っていて、運勢が非常に強い転機を迎えています」
「守護霊様があなたを見ています。このまま鑑定を続ければ、あなたの悩みは解決に向かうでしょう」
「今までこれほど最高運勢は見たことがありません」
――という書き出しから始まって、
明らかに常用漢字ではない、日常生活でまず目にすることのない漢字を羅列して、「これを10回書いてください」とか。
なんの意味も成していない漢字の造語を並べて――例えば「成机心」や「手義草」など――「このメールを読んだら、「新鳳凰」と返信してください。また、毎朝口に出して唱えて、悪運を祓いましょう」とか。
もちろん「新鳳凰」と返信するだけで、1,500円かかりますよ(笑)
するとまた新たなテンプレが送られて来て、別の言葉を唱えなさいと。
……母は相手が「空っぽだ」ということに、ひとつも気付いていませんでした。
メールの向こうに、血の通った占い師の姿を見ていたのです。
母が送った最新のメールには、「〇〇先生。いつも、こんなどうしようもない私と話をしてくださって、本当に感謝しています。どうかお体にはお気をつけて! 新鳳凰^^」と書かれていました。
それを見た時、私は「エッ、やばいじゃん」と思いました。色んな意味で「やばいじゃん」と。
完全に詐欺だし、不謹慎ながら雑過ぎる手口に笑いが漏れるし、信じ切って踊らされている母も憐れだし……私を含め誰も母の異変に気付いていなかったことが、本気で恐ろしかったです。
私は笑いながら(なんかもう、笑うしかありませんでした)兄と姉に「え、ちょっとこれさあ、誰か知ってたの?」と訊ねました。
姉は「何ソレ」と言って首を横に振って――兄はハッとしたように、「そう言えば最近、朝になるとタブレット見ながらブツブツ言ってたわ。テレビに向かって喋る人だから、またなんか言ってるわとしか思わなかった」と。
母は占い師先生の言いつけを守って、謎の呪文を一生懸命唱えていたのです。
ただ幸せになりたくて、誰かと話がしたくて。
しかもよくよく探せば、謎の呪文を書き綴ったものまで発掘されたんですね。
その書かれた「紙」というのが、1年前に薬局で処方されていた薬袋で。
頭痛鎮痛剤が入っていたらしいんですけど、その袋にはビッシリと「成机心」と書かれていました。
頭が痛くて、死にたくなくて、痛みから救われたかったから、熱心に書いたのでしょう。
他にもいくつかビッシリと謎の呪文が書き綴られた紙が見つかって――軽くホラーで、文字通りゾッとしました。
私は怖くなって、あまり詳細を見て「もっとこうしていれば良かった」なんて後悔したくなくて、それ以上見るのを辞めました。
でも兄はしっかりと残されたメール全てを読んだらしく、どうも「ずっと頭が痛いんです。死にたくありません」という内容のメールを、10月中には占い師に送っていたそうです。
結局母が兄に「頭が痛い」と相談できたのは、11月の半ばですよ。
近くに居る家族よりも、どこに居るのか分からない――そもそも存在しない――占い師に助けを求めていたのです。
正直やり切れませんでした。
病院へかかるとなると――国保も滞納していますし――多額の金がかかります。
そうなった時、母は「叱られる」と思ったのではないでしょうか。そうして嫌なことから逃げて、逃げた先で亡くなったのです。
以前にも話しましたが、母は姉に委縮していた節があります。
金が絡むと豹変したようにヒステリーを起こしますし、普通の会話を求めてもスマホばかりで無視されますから。
兄だってすぐ正論でぶん殴りますし、病院ついでに国保滞納の件が露呈したらまずいと、なかなか口に出せなかったのでしょう。
だから兄が「俺が払うから病院行こう」と提案しても、頭を縦に振らなかった。
家を出ている私に相談しなかったのも、同じような理由でしょうね。そもそも私相手に金の無心をしたところで、貸してくれないのですから。
――いや、結局は母の自業自得なんですけど。
滞納しまくり、兄と姉から金を巻き上げていながら、どこにも支払わずにいたのです。
メールの数を見る限り、恐らくこの占いサイトにも、相当な額を注ぎ込んでいたのでしょう。
母は本気で、家族以外に話せる人が居ませんでした。
方々から借金して嫌われていましたし、下手に話しかければ「金返せ」となりますから、どんどん疎遠になって。
誰かと話したかったのだと思います。悩みを相談したかったのだと思います。
だから私がパシリを頼むと、大喜びで駆けて来たのです。
兄が「まるで、「自分がどうして人から恐れられているのか、嫌われているのかひとつも分からない、童話に出てくる鬼みたいな悲しきモンスター」じゃん」と評していたのが、とても印象的でした。
人の心を理解できぬまま、どうして自分が蔑ろにされるのか、嫌われるのか分からぬまま――我が家のモンスターは、幸せになりたいと強く願いながら永眠しました。
今これを読んでいるあなたに、もしもまだ家族が残っているならば……どうか大事にしてあげてください。
ちゃんと姿を見て、話を聞いてあげてください。
無視せず、面倒なんて思わずに、別居しているなら連絡してあげてください。
「元気?」の一言で良いですから、生きている内に優しくしてあげてくださいね。
死んで取り返しがつかなくなる前に。
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