第22話 葬儀
グスグス泣いて椅子の上で縮こまる母の背をさすりながら、私は努めて冷静に話しました。
――まず、「
参列者から相当詰められましたからね。
明日には必ず用意しろと言われたものですから、私的には最優先事項でした。
この時点で既に19時半。
色んな店が閉まっている時間ですし、早々に動き出さねば手遅れになります。
どうせ翌日葬式の受付に立つのも、私なのですから。もう怒られたくない!
もちろん、私とて母に文句を言いたい気持ちはありました。
人生でなかなかないぐらい、(近所の)よく知らない人々からディスられましたし。
母は泣いているだけで周りが同情してくれて良かったでしょうけど、泣けない私は格好の的でした。
――しかも弁護士先生に呆れられるほど、どんな時でも笑ってしまう悪癖まであります。
むしろ、ストレスが溜まれば溜まるほど笑います。たぶん脳の防衛反応ですね。
ただただ自分の不手際でこんな事態を引き起こしていたならば、諦めもついたんですけれど……。
恐らく「身内と限られた人しか呼んでないから、何も準備する必要はない」なんて言葉さえなければ、母はともかく兄弟で作法の下調べぐらいしたでしょう。
思えば母だって、他人の葬式に参列することが少なかったのですから――知識も経験もなくて当然だったのです。
誰も彼もが冠婚葬祭に関する知識をもっておらず、これでもかと情けない結果を生み出してしまいました。
だからこそ、全て終わった後に「なんで言わなかった」「考えなし」「放送なんてしなければ良かったのに」なんて母を責めたって、仕方がありません。
母自身、人が集まるとは微塵も思っていなかったのです。
むしろ近所中に嫌われている自覚があるからこそ、「まさか」という思いだったに違いありません。
それがこんな事になって、「これからどうしよう」「旦那が死んだ」「もっと優しくしていれば」「どうしてこうなった」「近所中に責められて恥ずかしい」「情けない」「子供まで巻き込んで申し訳ない」「消えたい」という、後悔とストレスに押し潰されている。
――それぐらい、ほんの少し人の身に立って考えれば、簡単に読めるはずなんですよ。
まあ私の場合は幼少期から続く空想癖があるので、あくまでも「予想」であり、決して正解ではないと思いますけれど……。
実際この想像力のせいで、「私が突き放したら母は死ぬ」という思い込みから、なかなか抜け出せませんでしたし。
母に一切寄り添うことなく「どうしてくれるんだ」「明日どうするんだ」なんて責めても、無駄です。
ますます追い込まれて、「もう良い! 全部私が悪いんでしょ! じゃあ後は私が
全部やるから! 迷惑かけなきゃ、それで満足でしょ!」と爆発しますよ。
――だって言うのに、兄も姉もただ真っ当に怒って、解決策や今後の方針を問いただそうとしている。
無理無理! 何も考えられませんって! 今この人、そういう心理状態じゃありませんから! (笑)
すぐ「もういい」と言って会話を終わらせようとする母と、「もういいじゃなくて、普通に会話しよう」しか言わない兄姉。
たぶん、兄姉の言うことは間違ってないんですけど……アプローチが合ってないんでしょうね。
とっくにキャパシティオーバーの母に寄り添う気ゼロで、「明日どうするのか聞いてるんだから、早く考えて答えなさい」と言わんばかり。
彼らに話を任せていたら、いつまで経っても平行線です。
私は片手でスマホを弄り、「葬式」と検索しながら話を続けました。
……私を救ってくれるのも、生き方の「先生」となったのも、いつだってネットでした(笑)
地域にもよるのでしょうが――。
近所の方々が口にした「満中陰志」というのは、どうも葬儀当日に直接お渡しする「香典返し」と同義のようでした。
調べてみると本来の満中陰志、香典返しは、四九日法要が終わったあとにお返しするもの。
香典とは死者の霊前に供える、香に代わる金銭のことです。葬儀代や法要代に使いなさいよと。
もちろん葬儀は祝い事ではないので、満中陰志はあとに残らない飲食物を選ぶのが一般的らしいです。
後日配達にかかる手間暇と費用から、最近は葬儀当日に渡しておしまい! という風潮なのだとか。
ただし香典の額と比例してお返しの額も上下するので、香典を多く受け取った場合には、四九日法要を終えたのちに改めて追加の品物を贈るそうです。
私はできるだけ落ち着いた声色で、ゆっくりと母に話しかけました。
「とりあえず明日のために、満中陰志を用意しよう」
「今日、芳名帳に書いてくれた人数が約50人。今日来られなくて明日だけ来る人も居るだろうから、多めに用意した方が良いと思うけど……母さんはどう思う?」――と。
そこまでお膳立てしてようやく、母は「うん、それで良い」と落ち着きを取り戻します。
やっと話が前進したことに、兄も姉もゲンナリしつつホッとしていましたね。私はもっとゲンナリでしたけど(笑)
幸い近所に仏具、葬儀屋があったので、満中陰志の確保は問題ありませんでした。
夜中でも電話受付をやっていて――仕事の性質上、営業時間なんて気にしていられないのでしょう。
人がいつ死ぬかなんていうのは、読めなくて当然ですから。
ひとまず予約が済んで、品物は明日の朝一に受け取りに行けば良いと。
次に必要なのは、葬儀開始までの間に参列者が寛ぐスペースづくりです。
お茶と茶菓子を用意しなければならず、買い出しが必要になって。
斎場には父の遺体が安置されたまま。
線香の火を絶やさぬよう斎場に泊まり込みするし、これからまだ焼香しに訪れる方が居るかも知れません。
とりあえず母には、斎場に残って線香の番、そして弔問客の相手をしてもらうことにしました。
家族全員でまとまって行動すると、すぐ争って埒があきませんからね。私は兄と姉を連れて、近所のスーパーまで買い出しに行きました。
一旦兄と姉からこれでもかと愚痴を聞いて、ガス抜きしてやらねば。
そうでなければ、今後も事あるごとに母を責めて、母が自暴自棄になって――という、不毛な時間を繰り返すと思いました。
数年ぶりに集合した卯月家は相変わらず、「仲介者」が居なければ会話が成り立たなかったのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます