第18話 母に対する気持ち

 弁護士先生には「お母さまのことが嫌いになれない」と評されましたが、実はこの時、既に「メチャクチャに嫌い」だったのです。


 ――カードローンの返済地獄で、シャカリキに頑張っていた時のこと。

 またしても我が家で窃盗事件が起きました……被害者は私です(笑)


 鞄を漁り、財布を漁り、中に入っていた札だけを綺麗に抜き取られました。

 すぐさま「はい、犯人は母~」と理解した私は、騒ぎませんでした。

 下手に騒いで、また姉が引きこもったら面倒だったからです。


 ただただ母と2人きりの時に、「ね~、なんか~、ましろの財布からお金なくなったんだけど~」と、あざとく責め立てました。


 母は明らかに動揺した様子で、目を泳がせながら「エッ、そうなんだ……」とだけ言って黙り込んだのち、「もしかしたら婆ちゃんが」「いや父さんかも」「それともまた姉ちゃんが」なんて、人に罪を擦り付けようと必死でした。


 何やら、怒りよりも軽蔑の方が強くて、私は「まあ、あんな誰でも触れる場所に置いてたましろが悪いわな。今度から置かんようにするわ」と言って話を切り上げます。


 数週間後、気まずげな顔をした母が「なくなったって言ってたし、可哀相だから……」と数千円渡してきましたが、なくした額には数万足りませんでした。

 せっかくなので受け取りましたけどね(笑)


 それから私は、お金を口座に入れたまま外に出さなくなります。

 現金を持っていると、家族――というか母――に盗まれますし。

 いちいち財布や鞄を隠していると、自分がどこに置いたか分からなくなるのです←


 現金が手元にないと、「ATMに行かなければお金がない」という状況も作りやすかったです。夜中や朝方だと、コンビニのATMも閉まりますからねえ。


「今すぐ、どうしても今日中にお金がないと困る!」と嘘を言われた時にも、断りやすくて良かったです。「んー、今はないわ……明日ならあるけど」と。

 急かす時って大概、ロクな使い方をしていませんでしたからね。当日に支払期限を設定するところなんてありません。


 ――しかしある日の仕事帰り、珍しく夕方に上がれたからと、私はお金を下ろすため銀行へ立ち寄りました。

 その1週間後、仲の良い幼馴染と東京まで泊りがけで、ライブに行く予定があったからです。――あっ、ちなみに住まいは岡山です。広島と兵庫の間と言えば分かってもらえるでしょうか。


 この日のために毎月コツコツ、コソコソと、長い時間をかけて貯めた5万円です。

 すぐそこまで近付いたライブに上機嫌の私は、ATMの「残高不足のため、お取引ができません」という表示を見て、「エッ」と声を漏らしました。


 慌てて残高照会すると、口座の中には数百円しか入っていなかったのです。

 ライブは1週間後に迫っていて、新幹線のチケットも購入済みで、宿の予約もしていますし、チケットだって幼馴染と私の2人分。


 ――家で窃盗事件が起きるぐらいなんですから、口座の暗証番号も変えておかないといけなかったんです。


 私に与えられた口座は、まだ私が幼い時分に母が作ったものです。

 元々「大人になった時用に」と10万円が入っていたその口座は、結局100円だけ入金された状態で兄弟に分配されました。


 暗証番号はそれぞれの誕生日。

 3人揃って、変更していなかったのです――まさか実の親にそこまでされるなんて、誰も思っていませんでしたから。


 ――ちなみにこの事件を聞いて、兄と姉は慌てて暗証番号を変えていました(笑)


 そもそも私、「お金を貸して」と言われても滅多に断らなかったのです。まあ、変な時間に言われた時には断っていましたけれど……。

 言われた通りに渡しているのだから、母がまだ欲しがっているなんて思いもしませんでした。


 この事件の2週間前にも5万ぐらい渡していて、その後一度も金の無心をされていなかったので、本当に「嘘でしょ?」という感じでした。


 何故私にお伺いを立てることなく、預金へ直行するんでしょうね。「これ以上借りたら嫌われる、怒られる」とでも思っていたんですかね。


 家に帰った私は、ダイレクトに「母さん、ましろの口座からお金おろした?」と聞きました。

 聞き方はともかく、確実に目は笑っていなかったと思います。


 母はそれはもう、激しく動揺しました。動揺した上で、「いや、お母さんは、知らん……」と、驚きの嘘までついてくれたのです。


 その時、長年私を苛んでいた罪悪感だとか「情」だとかに繋がる糸が、ぷつんと切れました。

 私は「そっか~分かった~」とだけ言い残して、誰にも行き先を告げずに、夜中に幼馴染の家へ転がり込みました。生まれて初めてのプチ家出です(笑)


 私が家を出てすぐにまずいと思ったのか、母はすぐさまメールを送ってきます。

「ごめん、お母さん嘘をついた。バレる前に返すつもりだった、1か月だけ待ってくれる?」と。言い訳まで百点満点のクソでした。


 ――突然転がり込んだにも関わらず、幼馴染は寛大でした。

 私が迂闊だったせいで、母に口座からお金を奪われたこと。どうしたって1週間では、東京行きのお金が工面できない――この時既に、カードローンは限度額スレスレでした――こと。


 幼馴染は「最悪、お金貸すよ?」とも言ってくれましたが……私はとにかく「生身の人間からお金を借りる」という行為が大嫌いでした。

 家族と同じレベルの人間になりたくないと思っていたのです。


 ――そもそも、こんな心理状況でライブなんて行っても、申し訳ないことに全く楽しめません。


 幼馴染は、とんでもないドタキャンだったにも関わらず「大丈夫、今はましろのことだけ考えて」と言ってくれました。


 チケットはそのまま買い取ると伝えましたが、彼女はネットで募集をかけて希望者に定価で引き渡し、わざわざ代金を返してくれました。


 宿だって、現地で合流する予定だった関東住みの友人 (同性ですが、この時点で初対面です)と泊まって遊ぶから、キャンセルする必要はないよと。

 なんというコミュ力お化け、そしてフットワークの軽さでしょうか。


 訳の分からん信用の仕方をして、暗証番号を変更していなかった自分のことを、ぶん殴りたくなりました。


 この日は結局、幼馴染の家に迷惑がかかるからと、深夜に実家へ戻りました。

 それまで母のメールには一切返信しませんでしたが、帰宅すると当然のように起きていたので、メールのことを言われても「充電が切れてたから見てない」と。


 すると、改めてメール本文と全く同じ内容のことを告白し始めたので、「いや、1週間後に東京行く予定だったからさ、1か月後じゃどうにもできないんだよね。――でも別に良いよ、今友達に「行けなくなった」って謝って来たからさ」と淡々と嫌味を言って、泣かせました。


 いつものように「ごめんなさい」とメソメソされましたが、その時はさすがになんとも思いませんでした。

 むしろ「ごめんなさいじゃねーんだよ、バカが」という心境です。


 結局ライブだけでなく、早めに取っていた新幹線のチケットも払い戻して。

「わーい、なんか、お金が返ってきたぞー」と思うぐらいしかできませんでした。

 あと、「いやー、当日じゃなくて1週間前に気付いて助かったわー」と。


 そうでなければ、楽しみにしていたライブに行けなくなったことも、大事な幼馴染に迷惑をかけたことも――実の母親に口座からお金を抜き取られたショックも、誤魔化しきれませんでしたから。


 どうも私、「自身が人に苦しめられるだけ」なら割と耐久値が高いのですが……「自分と親しい人にまで飛び火して、訳の分からない迷惑をかける」という状況に対する免疫が、クソほどありません。

 この日、大事な幼馴染にこれでもかと迷惑をかけてしまったことが、とんでもないストレスだったのです。


 自業自得から生じる迷惑なら諦めもつくんですけど、口座のお金を盗まれるのってたぶん、自業自得じゃ……ないですよね? い、いや、暗証番号を変えていなかったから、自業自得? (笑)


 ――とにかくそうした経緯があって、自己破産に踏み切る頃には、とっくに母のことが嫌いだったのです。

 既にカードローンは取り返しがつかない状態だったので、半ば自暴自棄で借金と返済を繰り返していただけ。一時期「死にたい病」でしたしね。


 私はこの日のことをキッカケに、母を見限ったような気がします。


 口ばかりで返金したことがないところも、私のことをATMと勘違いしているところも、嘘ばかりつくところも、価値観が独特なところも、頭がおかしいところも、自分を棚上げして家族の悪口ばかり聞かせてくるところも、私が苦しんでいようが見て見ぬ振りするところも、全部。


 まるで「呪い」のように「親を嫌うなんて最低だ、いけない」と思い続けていましたが――まあ、嫌いになることもあるでしょう。世の中広いんですから! (?)

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