第16話 変化

 そこからはもう、ダメになるのがあっという間でした。


 初めの方は少額ずつ借りていましたが、私はまんまと「まあカードの限度額は、私の「貯金」みたいなもんだしな~」と勘違いしたのです。


 最終的に、カードローンの借金だけで350万ぐらい行ったんですけど――毎月最低額を返済してさえいれば、物言いは尽きません。

 一社あたりの月々の返済額は、1万円に満たない程度でしたかね……。


 どうしても返済がキツイ時には、他の金融会社から新たに借りれば良いんです。(よくないです)

 典型的な「自転車操業」というヤツです。借金を借金で返して生活していました。


「そんだけローン組めるって、お前当時の年収いくらだったんだよ」と思われますか?


 今でこそ審査は厳しいと思いますが、当時は割と緩々だったんです。

 50万くらい年収を多く申告する(ありもしないボーナスを書くのもアリ)とか、借金してる会社を2社ぐらい少なく申告するとか。


 たったそれだけで、限度額50万円のカードが量産できてしまいました。

 ――そうです、私が最低最悪のゴミ野郎です。


 そして気付けば、毎月の返済額だけで9万飛ぶようになりました。

 最低返済額でソレですから、当然そう簡単には全額返済できません。

 返済したそばから借りていた時もありましたしね。


 もちろん自分のために使ったことはありません。金融会社で借りられない母の代わりに、私の名前で借金していただけですから。


 私自身の車のローンも残っていましたし、母が「支払った」と嘘をついて滞納していた、数々の借金まで受け持ちました。


 口では「辛い」と言いながら、私は破滅へ向かって邁進し続けたのです。


 やがてふと我に返った時、「全額返済できるとしたら、何年後の話なのかな」と思いました。

 そうして一生懸命、苦手な計算をした結果――今後一切追加の借り入れをしなかったとしても、どうもストレートで10年以上かかるらしいぞと。


 その時私は、いきなり絶望しました。

 自分で選んだ道なんですが、その時点で私は、よく分からない家族のために8年間ぐらいタダ働きをしていたのです。


 そこから先、まだ10年以上こんな生活が続くのか。

 まず、今後一切追加の借り入れなしで終わる訳がないじゃないか。

 母が居る限り借金は増えこそすれ、減ることはない。

 私は未来永劫、借金に苦しむかも知れない――と。


 一気に追い込まれました。

 あれだけ生きるのに必死で、生き汚かった私が、初めて明確に「死にたい」と思ったのです。


 家族から逃げたいなら、死ねば良いと思いました。

 死ねば、後のことなんて何も分からないじゃないですか。例え生活苦で家族が死んだって、既に故人の私がそれを知る術はありませんから。


 私は日々、どうやって死ぬのが良いか考えるようになりました。


 散々――猫が引っ掻く程度の――リスカを繰り返していましたが、「アレではなかなか死ねない」というのはよく分かっていました。

 流れる血に怖くなって、途中で辞めてしまうかも知れません。

 そもそも実家ですし、お風呂場でそんなことして下手に見付かると、死にきれません。

 生き残れば病院代もかかりますし、働けない間の収入のことまで考えました。


 とにかく私は、怖がりでした。死にたいけど、自殺するのは凄く怖かったのです。

 ニュースで「自殺」と聞くと尊敬するほどです。勇気スゲーなと。


 これは有名な話ですが、自殺って「計画的」なものが少ないそうです。私のように先々のことまで考えられている内は、まず死なない。

 ついつい「衝動的」にやってしまうものらしくて。


 それを知った私は、いつその衝動に襲われても良いように――これも結局は計画的なんですが――自分の車の後部座席に、いつも養生テープと炭と七輪を乗せて走っていました(笑)


「ウワッ、無理だ、死のう!」と思った時、いつでも練炭自殺できるように。


 ――その頃、少しでも収入を増やそうとホテルフロントに転職したばかりだったのですが、そこで出会った方々も本当に良い人ばかりでした。

 上司も先輩も凄く話しやすくて、優しくて。


 ありとあらゆる楽しみが減って、毎日「辛い」と思いながら生きていましたけれど、仕事中が何よりも楽しい時間だったと思います。

 休みの日だって「家に居たくない」という理由で、職場の周りをウロウロしているぐらい好きでした(笑)


 今思えば迷惑な話です。


 実はこの時、数年ぶりに恋までしてしまいました。

 恋愛って本当に生きる「力」が満ち溢れるんですね……お陰で、いとも簡単に「死にたい」が「どうにかして生きたい」に変わったんですよ。


 私は早速、ネットに解決法を求めました。

 ただ「借金」というワードを入れて検索しただけで、すぐさま「自己破産する前に、まずは法律事務所に無料相談を!」的なサイトが出てきて。


 私は総額500万ぐらいの借金を抱えていたのですが、それだけ借金があっても「自己破産」が何なのか分かっていませんでした。

 内心「なんじゃこりゃ」と思いながら詳細を見て、メリットとデメリットにそれぞれ目を通して。


 即座に「これだ!!」と。

 自己破産すると、基本的には借金がゼロになります。ただしそこから7~10年ぐらいは、ありとあらゆる新規ローン――いわゆる借金が組めなくなります。


 家や車のローンもダメですし、エステに行ったってローンなんて組めません。クレジットカードは全て没収されて、新規契約も不可能です。

 携帯本体も月賦契約できませんので、現金で一括購入するしかありません。


 お金を借りるだけ借りて返さずに終わった人として、信用情報に記載されるのです。

 耳にしたことがあるかと思いますが、ブラックリストというヤツですね。


 実際にそんなリストは存在しないのですが、個人情報に事故情報が載りますから――ありとあらゆる審査が通りません。


 語弊がありますが前科もちのようなものです、信用を失いますからね。


 あと、価値のある所持品は全て没収されます。自家用車、家や土地、高額な家財や預金なども。それらは、私の負債を回収できなかった金融会社たちに分配されるのです。


 私が持っているのは、車のみでした。田舎で車がなくなるのは正直痛手ですが、車と信用を失うことよりも、命と未来を失う方が嫌だったのです。


 もっと言えば、「自己破産まで行けば、家族も納得するのではないか」と思っていました。

 そこまで行けば、もう二度と私に「お金貸して」なんて言えないのではないか。

「ましろは行く所まで行ったから、家から逃げ出しても仕方がない」と諦めて欲しかったのです。


 私はすぐさま、地元にある法律事務所へ予約を入れます。

 そこで先生からしっかりと説明を受けて、納得した上で「破産します!」と即決。


 ちなみに弁護士先生も「借金をどうにかする時には「任意整理」「個人再生」もあるけど……ましろさんは「自己破産」じゃないと、実家に居る限り同じ事の繰り返しだなあ」と太鼓判を押しました。


 かくして私は誰にも相談することなく、自分1人だけで決めて、話を進めます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る