第15話 破滅願望
――ある日、母が泣いていました。
表面上仲直りした姉が母の背中をさすって慰めていて、私は「どうかしたの」と声を掛けます。
聞けば、金策に困窮した母が親戚、近所の知人、友人に「お金を貸して欲しい」と頼み回ったけれど、誰も貸してくれなかったらしい――と言うのです。
母は「もう友達なんて要らない、誰も助けてくれない、酷い」とメソメソしていて、姉はウンウンと優しく慰めていました。
そんな2人を見た私は、正直ドン引きしました。
この時に強く思ったことがあって――それは「母に手綱をつけなければ、ヤベーことになる」です。
誰彼構わず金の無心をして、関係性もどんどん悪くなって。
私は根本的に気にしいで、「他人からどう見られるか」を念頭に置いて行動します。
だから「こんな家族を放置していると思われたら、恥ずかしくて生きていけない」と思ったのです。
この頃「卯月」と言えば、近所で有名なキチガイ一家と呼ばれていました。
お金を借りるだけ借りて、一切返さずに逆切れするような母でしたから――当然です。
こんなのが平気でのさばっているんですから、母だけでなく家族までキチガイと思われるに決まっています。
とは言え家族からすれば、「どこの誰からいくら借りてるなんて話は、母から聞かされたことがないんだから……自分に言われても困ります」という状態でした。
契約書でもあれば話は別です。
しかし口約束だけでお金の貸し借りをされたら、本当にその額を借りているのか、当事者の母にしか分かりません。
私は私で「自分、かれこれ6、7年間ほぼタダ働きしてんスよ。母がお宅から金借りてることすら知らんのですわ、勘弁してください」みたいな心境でしたし……今思えば無責任のクソ野郎ですね。
借金取りと言うほどでもないですけど、母にお金を貸した人たちが、支払いを求めて突撃してくることもしばしばありました。
督促の電話が煩わしかったのか、気付けば家の固定電話の線も引き抜かれていました。母曰く「壊れた」らしいんですけどね。
更に、成人したから「イケる」とでも思ったのか、私の「友人の親」ではなく「友人」そのものにも声を掛けるようになりました。
たまに「ましろのおばちゃんから、こんなメール来た――私どうしたら良い……?」なんて、困り顔の友人から相談されることも。
連絡先を交換するぐらい仲の良い「娘の友人」なんですから、貸してくれるだろうとでも思ったんですかね。ハッハッハ、思考回路が本気で怖い。
私はいつも、友人たちに「ごめん、絶対に貸さないで。私が直接母親に言うから、返信すらしなくて良い。しつこいなら迷惑メールとして登録しても良いし、アドレス変えても良いから」と謝罪していました。
万が一にも母と出くわして気まずい思いをしないよう、私の家に人を呼ぶこともありませんでした。
――そもそも母が金策に困窮し始めた原因は、間違いなく私が貸し渋るようになったからです。
お金があっても「もうないから無理だよ」と嘘をついて、浮いた分をローンの返済に充てました。
ツアーで地元まで回ってくれる、ビジュアル系バンドのライブに行く資金にしていました。
そうして自分にお金を使うようになった結果、母が暴走したのです。
私は色んなことが怖くなりました。
家まで突撃してきた近所の人の怒声を聞くのも、表面上は母と普通の付き合いをしているように見える人の目が、ひとつも笑っていないことも――「いつか誰かに放火されるんじゃないかな」と不安に思うのも、本当にストレスでした。
もちろん、またしても友人を失うのではという心配もありました。
幼少期から成人したあとも変わらず私の友人で居てくれた幼馴染は、たったの2人です。
彼女らは家の問題を理解した上で、「ましろは関係ない」と今も付き合いを続けてくれています。
彼女らまで居なくなったら、いよいよ「何のため」に生きているのか分からなくなるなと思いました。人生の楽しみが一切消える――ぐらい深刻に。
必死に対策を考えた結果、私は「ひとまず自分の限界まで、母の要請に応じてみるしかないな」というクソみたいな答えを捻り出します。
――ストレスがかかり過ぎて、破滅願望を抑えきれなかったんですかね? (笑)
他でもない私自身が、私が破滅することを……「限界」を迎えることを望んだのです。
母を大人しくさせるには、私がATMに徹するしかない。
いつでも好きな時にお金を引き出せる存在が居れば、少なくとも家の外では暴れないだろうと。
――正直、この件に言及すると「ハア!?」と思われる方も多いかと存じますけれど……つい最近、一部の日本国民が躍起になって叩いていた方がいらっしゃるじゃないですか。
元皇族の女性とご結婚なされた男性です。
私は彼の人となりを知りませんし、実際のところは本人にしか分からないと思います。
けれど、どうにも他人事とは思えませんでしたね。
だって、母親が生身の人間から借金していたことなんて、ご本人は寝耳に水だったかも知れないじゃないですか。
母親が「あなたのために婚約者が融資してくれた」とか「私が頑張って稼いだ」とか「融資してくれる会社があった」と言えば、庇護される子は信じるしかありませんよ。
いきなり大金を出されたって、「ああ、頑張ってくれたんだ」としか思いません。「さてはコイツ、詐欺ったな?」なんて親を疑えるでしょうか。
しかもシングルマザーで、本人は弁護士志望でしょ?
母親がそういう手段を繰り返していたとか、本人が知らない訳がないとか、色々とツッコみどころは多いと思います。
しかも最終的に返金してから出国しましたから、アレだって「ほーら返金した! やっぱり今まで踏み倒そうとしてたけど、記事出されて観念しただけじゃん!」と思われる方も多いでしょう。
でも私はつい、「これ以上結婚にケチつけられたくなかったから、仕方なく折れたんだろうな」とか「最後にクソみたいな親の尻拭いさせられて大変だな、偉いな」とか思ってしまいました。
何かのネット記事で見たのですが、彼は母親に「一緒に外国で同居したい」と言われても拒絶して、日本へ置き去りにしたそうですね。「宮内庁の関係者談」と書かれていましたが、それが本当かどうかも分かりません。
ただ、ここに彼の苦悩と怒りが全て詰まっていると思いました。これでようやく、縁切りできたのかなーなんて。
――すっかり話が逸れてしまいましたね! (笑)
彼らに多額の税金が使われてどうのこうのという難しい論争は、中卒には荷が重いので辞退します。ワタシナニモワカラナイ。
とにかく、母に手綱をつけると決めた私は、今まで以上にお金を与えるようになりました。
給料はほぼ全額渡し、買い集めていたゲームやCD、DVDも全て売却して、自分の趣味の時間を削り、友人との交際も控えて。
手元にお金が足りなくなったって、平気です。
その頃私の手元には――それぞれ限度額が50万円の――金融会社のカードが5、6枚あったのですから。
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