第12話 仮面家族②

 父が無職になったことで、夫婦仲はこれでもかと悪化します。


 父は相変わらず母のことが好きでしたが、母は父を毛嫌いしていました。

 無職な上に、父は家事が一切できずに――協力する姿勢すら見せずに――家で寝転がってばかりです。


 友人や知り合いも居ないから、フラフラ遊びに出かけるようなことはありませんでしたが……「ずっと在宅だけど、何もしない。そのくせ母親ラブ」というのが、これでもかと気に障ったのでしょう。


 母と2人きりで居ると、父に対する不平不満を延々と聞かされたものです。

 しかし、毛嫌いしながら(私から巻き上げた金で)パチンコ屋まで連れ立って行くのですから、「言動が矛盾しているなあ、面倒くさいなあ」と思いつつ、いつも適当に聞き流していました。


 母は無職3人をこれでもかと軽蔑していて、我関せずで自由に生きる祖母のことも、快く思っていませんでした。

 兄も姉も働かない――祖母は少しも家計を助けてくれないと、それぞれの悪口を毎日聞かされました。


 まるで伝書鳩のように「兄にアレ伝えて」「父を呼んできて」「姉にご飯食べるのか聞いて来て」「祖母が何してるか見て来て」と、家の中でも労働していたなあ……。


 不思議なもので、私が仕事で家に居ない時はみんな普通に会話できるらしいんですよ。

 それが私が帰宅した途端に、伝書鳩ましろを使うようになる。


 まともなのも、頼れるのもましろだけと言われて、母はある時期から大黒柱の私に強く依存していたように思います。

 そうしてしがみつく力が強くなればなるほど、憐れで振り払えませんでした。


 だいぶ「母親教」ならぬ洗脳は薄くなっていたのですが、ここまで来たらもう、愛とか情とかじゃなく「義務」だったのです。

 あと、「私が突き放せば誰かしら死ぬ」という固定概念が揺らがなかったため、人殺しになりたくないと思っていました。


 ――前述した通り、例え自傷しようとも「死ぬため」ではなく「生きるため」の手段で、私はとにかく生き汚かったのです。

 なんで自殺なんてしななきゃならないんだ? 絶対に生き残って幸せになるぞ! という気持ちで生きていました。


 だからこそ、「私の言動が原因で人を殺したかも」なんて罪悪感を抱きながらでは、とても生きていけないと思っていたのです。


 ついでに言えば、「ここまで我慢して来たのに、今更投げ出すのは馬鹿らしい」「どうせ逃げるなら、もっと早く逃げないと意味がなかった」「今逃げても、無駄になった人生は返ってこない。それって凄く


 ――と、まるで「これだけお金を使ったんだから、もう当たるまで席を離れられない」という、ギャンブル依存症のような状態でもありました。


 一体どこがゴールで、何が当たりで、どうすれば勝ちなのか、全く分かりませんでしたけれど(笑)


 兄もまた、「卯月家でまともなのはましろだけ」という意識を持っていたそうです。

「他の家族とは会話が成立しないから、ましろ以外と話したくない。あいつらがなに言ってんのか俺にはまるで理解できないし、向こうも俺の言葉を理解できないから、ましろが通訳してくれないと無理」と、物凄いことを言ってました(笑)


 すぐ正論パンチしますから、精神異常者しか居ない卯月家で兄は異質だったのです。

 感情論ばかり、カッとなりやすいメンヘラだらけの一家で、理性的な会話を求める兄は浮きまくっていました。兄は兄でちょっと変でしたけど。


 母に嵌められて、父から冤罪を掛けられた姉も、私に依存していました。

 祖母と兄は事件に関わりませんでしたけれど、何もせずに傍観するのは「虐め理論」で言えば、立派な共犯者ですから。


 唯一「姉ちゃんは関係ない」と主張した私しか信用できなくなって、他の誰とも口を聞きませんでした。

 姉だけは徹底しており、私が不在の時には誰とも口を聞かなかったそうです。


 どうしてもコミュニケーションをとる必要があった際には、部屋の扉越しに文通だったとか……今思い出しても凄い家です(笑)


 父は母だけが好きで、他は別に――という感じでした。元々、子供に対して愛情深い人でもなかったので。

 ただ、無職になってからは母のアタリがきつくなり、母から一方的にこきおろされることも増えました。


 どれだけ母に暴言を吐かれても、父はへらへらニコニコしていて……本当に好きだったんでしょうね。余計に母の神経を逆撫でしていましたけど。


 そうして機嫌の悪い母に遠ざけられた時には、伝書鳩ましろを利用して機嫌を窺います。

「母さん、まだ怒ってた?」とか「そろそろ話しかけても平気そう?」とか……伝書鳩というか、これじゃあ斥候ですね? (笑)


 この頃祖母は痴呆が入り始めていて、自分ではシモの制御ができなくなっていました。

 そのくせ動けるし、プライドだけはしっかりしていて、垂れ流しでもオムツだけは断固拒否だったのが、本当に困りましたね。


 祖母が居る所は「汚い」として、兄と父は祖母を遠ざけていました。

 相手をしていたのは、ほとんど母と私だけでしたね。だから必然的に、祖母は「ましろちゃん、ましろちゃん」と困った時に私を頼るようになります。


 この祖母に対するアタリが一番酷かったのが、実は姉です。

 姉は半年間ほど自室に引きこもっていましたが、やがて気持ちに踏ん切りがついたのか、表面上は家族と仲直りしました。

 心の内はたぶん、「仲直りなんて冗談じゃない」だったでしょうけど。


 そうして部屋から出てくるようになった姉は、これでもかと祖母を嫌いました。

 シモの世話なんて冗談じゃない、汚い、くさいから近付かないで欲しい、同じ事ばかり言って面倒くさいから、もう私に話しかけないでと。


 老い先短い老婆に、面と向かってそんなことを言っていました。ヒステリーを起こして、怒鳴り散らすようなこともしばしば。


 私はいつもドン引きでしたよ。いくらボケていたって、「ウチの婆ちゃん、どんな気持ちで死ぬんだろう。辛い気持ちのまま死ぬのかな」と、おかしな心配をしていました。


 ……何故そうなったのか自分でも分からないんですけど、どうも「人間は割とすぐ死ぬから危険。せめて死の間際、「幸せだった」と勘違いさせたまま死なせたい」という謎の欲求が強かったんです。


 当時、ゴシック小説とかグロテスクな鬱映画ばかり見ていたせいかも知れません。


 私は祖母が憐れで、姉の暴言から守るために、できるだけ自分が相手をしようと務めていたのですが……なにぶん痴呆が進んでいますから、「ましろちゃん」と言いながら姉を呼ぶこともあって。


 姉は確かに私に依存していましたが、しかし同時に「家族全員と(表面上)仲が良好なましろ」に対する、酷いコンプレックスも抱えていたのだと思います。

「そんなにましろが良いなら、ましろに相手を頼んでよ! 私の名前はましろじゃない!」と怒鳴って、祖母をその場に置き去りにして。


 恐らくですが、姉にとって我が家は「犬の群れ」だったのでしょうね。

 家でも外でも虐められて、無職だし、冤罪までかけられて、卯月家カーストの底辺になったような心地だったはず。


 それが半年後には祖母が痴呆になって、色々垂れ流しなせいで家族から煙たがられているとなると――ここぞとばかりに「上」に立ちたくなったのでしょう。

 家庭内下克上を目の当たりにしました。


 本当にヤベー精神異常者なんですけど、アレも彼女なりに心を守る防衛反応だったのかも知れません。


 そんなメチャクチャな家に囲われたまま、私は働き続けました。最早、家の外で働くことが一番の現実逃避だったのです。


 そうして20歳を迎え、ついにカードローンが解禁されます。

 ずっと「送迎は不便だから、自分で車の運転がしたい」と思っていたのですが……免許を取るには、25万円ぐらいかかりました。


 そんな大金をコッソリ貯められるはずがなく――へそくりを貯めていても、相変わらず親に「このままじゃお風呂に入れなくなる」とか「電気が止まるから、お金貸して」と、ライフラインを人質にされていたのです。


 当時私は、自室で可愛い可愛いオカメインコを飼育しておりまして。小鳥って温かい国出身のものが多く、冬にヒーターがないと簡単に死ぬんですね。


 だからライフラインだけは、絶対に止めて欲しくなかった。ライフラインどころか、我が子ぐらい愛しいオカメインコが「鳥質」になっていたのです(笑)


 ――実際、ライフラインが止まるなんて話は嘘で、貸したお金はほとんどパチスロに消えていることも、薄々気付いていました。

 でも「自分が払うから、払い込み用紙出して」や「領収書は?」なんて言って母の言動を疑えば、「死にたい!」と言われるんです。


 その無駄なやりとをしたところで事態はひとつも改善しませんし、何もかも本気で面倒くさ過ぎて、「とにかく私のインコが生きてれば、それで良いや」としか思っていませんでした。


 結局私は、金融会社から20万円の融資を受けて車の免許を取得しました。月々の最低返済額は、5,000円ぐらいだったかな?


 ――「えっ、20万借りても月々の返済額そんなもんで良いの!? 試しに借りてみようかな!?」なんて思ったそこのあなた! よーく考え直してくださいね。


 次話で「借金マスター自己破産マン」であるこの私が、詳しく説明いたします(笑)

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