第8話 ましろ母の考察

 ここで最重要人物、ましろ母について考察しようと思います。

 あくまでも私の視点から見た母であり、実際のところは――もう本人も居ないので――誰にも分かりません。


 基本の性格はとにかく陽気で、老若男女問わず好かれる人でした。

 それは恐らく、家計が厳しくなる頃まで――私が小学校高学年ぐらいまでですかね――続いていたと思います。


 子供好きで、子供と一緒に遊ぶのが大好き。バレーボールが好きで、ママさんバレーのチームにも所属していました。


 保育士免許をもちながら、父と結婚するまでは銀行員として堅実に働いていたそうです。


 それが23、4歳ぐらいの時に結婚して、25歳で長女を出産。その6年後に長男、更に4年後に、次女のましろを産みました。


 実はその下に弟だか妹だかが居たらしいのですが、「これ以上は育てられない」と流してしまったそうです。実は私のことも、流そうかどうか迷ったんですって。

 そこから所謂、避妊リングを装着したとのことでしたが――「え、育てる気がなかったなら、もう少し早く付けられなかったの……?」と思ったものです。


 その話を聞かされたのは私が20歳ぐらいの時で、何の脈略もなくいきなりポロッと告白して来て、本当に驚きました。

 世の中避妊で悩む人が多いのに、とんでもないことです。……まあ無事に生まれていたところで、決して幸せにはなれなかったでしょうけれど。


 母は3姉妹の次女、真ん中っ子。母曰く、「何かと損な人生を送って来た」とのことです。

 上に虐げられ、下に甘えられ、板挟みになりやすく我慢ばかりしていたと。


 普通なら長女が家を継ぐのかも知れませんが――母の姉は駆け落ちするような形で、結婚すると同時に家を出たそうです。

 母の妹も結婚でよそへ嫁入りしました。


 必然的に残った母が家と墓守をすることになって、それで婿養子になってくれる男性と見合いをしていたんですね。


 まだ祖父が存命だった頃は、とにかく祖父がしっかりしていたので、心強かったでしょう。

 それが早々に亡くなってしまって、遺されたのは悲しみと莫大な遺産です。


 微かな記憶しか残っていないのですが、祖父の葬儀の時の母の落ち込みようと言ったら酷いものでした。

 今思えば「最後の方、施設任せだったくせに」なんですけど……ギャンギャンに泣いて、親戚連中に体を支えられてようよう歩いていました。


 当時5歳のましろは人が死ぬというのがイマイチ理解できておらず――祖父が施設に入った時点で全く会えなかったので、「もう会えない」と言われても「今までと同じじゃん」という認識だったのです――ただギャンギャンに泣いている母に合わせて、泣き真似をしていたように思います。


 葬儀で泣いている人が多く――しかも、私と同じく祖父の死を上手く理解していなかった兄が、平然としていると親戚から「アンタは冷たいなあ! 爺ちゃんにあれだけ可愛がられてたのに!」と叱られたのです。

 ――だから、自分も泣かないとまずい! と思って……この頃から既にあざとい。


 とにかくその、祖父を失った悲しみを誤魔化すために、パチスロに傾倒していた可能性もあります。祖父に依存していたのが、パチスロ依存にすり替わった感じでしょうか。


 一瞬の快楽だろうが、パチスロを打っている時は祖父が居なくなった寂しさを、紛らわせることができたのでは? と。


 母は人と関わるのも好きだったので、友人や知り合いが本当に多かったです。根本的に寂しがりなのかも知れませんね。


 親戚のところにも頻繁に顔を出していて――よく長話をするため、いつもそれに付き合わされる幼い私は、なかなか暇でした。


 でもこの頃の経験のお陰で、嫌な顔せず愛想笑いを浮かべ続ける力を手に入れたような気がします。


 ――そうして頻繁に親戚や友人の家へ遊びに行っていた母が、ある時を境にピタリと大人しくなります。

 それが正に、私が小学校5年生以降のお話。


 母が外へ遊びに出かけなくなったって、家族からすれば何ら困ることはありません。

 私としては大好きな母がいつでも家に居るのは落ち着きますし、父だって嫉妬や心配をせずに済むのですから。


 それがまさか、方々ほうぼうに金の無心をし過ぎたせいで、人に合わせる顔がなくなっていただなんて――誰も気づきませんでした。


 そんな明るく陽気な母でしたが、根っこはやや異常です。

 明るいメンヘラとでも言いましょうか……かなり情緒不安定でした。

 人よりも被害妄想が強く、ちょっとしたことを悪く受け取っていきなり怒り出したり、泣き出したりということが多々ありました。


 私が母に家計や借金について言及した際、いきなり号泣して「死にたい」と口にしたのだって、立派なメンタルヘルスだと思います。


 別に責めたつもりはありませんでした。ただ確認しただけで――確かにこちらはショックを受けていましたが、目に見えて怒っていた訳ではないのです。

 しかし母としては、「ましろに死ぬほど責められた。情けない、恥ずかしい、死にたい」という認識なんですね。


 父から「早く〇〇した方が良いぞ」と提案されただけでも、きつく命令された、酷く馬鹿にされたと受け取るのか、「分かってる! もっと他に言い方があるんじゃない!?」と怒り出すとか。

 その数分後には意気消沈して、「偉そうなことを言ってごめんなさい」と泣き出すとか。


 躁うつ病ですかね……また少し違うか。


 こう言ってはなんですが、まるでDV男並みに緩急のついた母親でした。

 暴れ散らかしていたかと思えば、人が変わったように「ごめんね、あなたが居ないと生きていけないの」と弱るのです。


 私は母の借金が原因で友人を失くして――いくら綺麗事で誤魔化そうとも――中学を卒業する頃には、少なからず母に対して「酷い、嫌いだ」という感情を抱いていました。


 しかしお金さえ絡まなければ、良い人だと思っていたのです。

 過去散々「あんなお母さんで羨ましい」と言われて来た刷り込みが、悪い方に作用したというのもあります。


「確かにおかしな部分はあるかも知れない。しかしお金の無心さえしなければ、優しくて友達の多いお母さんだ」と思い込むことで、私は精神を守っていました。


 万が一にも、母を本気で嫌いにならないように。

 嫌いになったら最後、母に死なれてしまうと確信していたのです。だってとんでもないメンヘラなんですから。


 そんなメンヘラの娘であるましろもまた、結構なメンヘラ気質です。


 中学2年で友人や借金の問題などに気付いてからは、毎日ストレスが半端なくて……皆と違う特別な存在になりたいという願望はありましたが、そんな「人から借金するだけして、一銭も返さないクズの家の子」なんていう特別は、ひと欠片も求めていませんでした。


 誰にも相談できず、あまりのストレスで辛くて仕方がない時は、ベタですがカミソリで手首を切って発散していました。

 有名ですよね――リストカットって脳にセロトニンという幸福物質が分泌されて、スッキリしちゃうんです。そのせいで常習性もあります。


 これ引く人は引くと思うんですけど、今でこそリスカ癖はなくなりましたが、ほんの6、7年前? くらいまではガンガン切ってました。

 左の手首には、いまだに白い横線が入ってます。自分の身体を傷付けてバカですよねえ。


 でも、もしあなたの周りにリスカしてる人が居たら、問答無用で「やるな」と怒るのは辞めてあげて下さいね。


 全員に当てはまる訳ではありませんし、わざわざ「見て見て! 手首切った~!」と傷口を見せてくるような人だと、また対処法が変わると思います。


 中には、誰かが止めてあげた方が良い人も居ます。


 ただ、リスカしてる人ってもう、そうするしかないんです。

 自傷しないと生きられない、明日も生きるために自傷している人も居るはず。「リスカ辞めろ」が「死ね」に繋がることもあります。


 したことない人、しようという思考に至らない人からすれば、矛盾してると思うでしょうけれど……実はすごく合理的なんですよ。


 人間はストレス過多だと絶対に生きられません。

 それを手っ取り早く発散してセロトニンを補給して、生を繋ぐための手段の一つです。


 リスカを推奨していると取られると、それもまた問題なんですが……。

 私は人に悩み相談をされて「この人には合っているだろうな、他に良い発散法もなさそうだな」と判断したら、平気で「あー、リスカすれば?」と言ってしまいます。


 ――も、もちろんそれだけではなく、どれだけ合理的かという説明をした上で言いますよ! まず、滅多に言いませんし!


 皆さん「卯月このサイコ野郎」と思うでしょうが、不思議と相談者には「そこまで親身になってくれるなんて」と喜ばれることが多いです。

 だってそう言う人ってそもそも、私が言うまでもなくリスカしちゃってるんですから。「(リスカ含め)私を認めてくれてありがとう」という気分になるみたいですよ。


 決して誰しもにこのやり方が合う訳ではなく、誰にでも言っている訳ではありませんからね!

「なんか卯月が気持ちいいって言ってたから、よく分かんないけどリスカするわ」っていうのだけは辞めてくださいね、本当に。


 そう言う方はまず、ネットの海ではなく心療内科へ行ってください。

 プロの先生があなたの話を聞いて、合ったお薬を出してくださいますから。

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