第7話 決定的なキッカケと、ましろ父

 友人の親から借金している問題について判明してから、そう経たない内に様々な問題が露呈し始めました。


 まず私が通っていた中学校は給食だったのですが、毎月の給食費を(たったの3千円程度です)数か月単位で滞納するようになりました。

 困り顔の担任に度々呼び出されて、「家に何か問題はないか」「必ず保護者の方に(督促の)手紙を渡して欲しい」と言われて。


 3年生の修学旅行用に、入学時から毎月ちょっとずつ積み立てているはずの金は、1円も入金されていません。「このままでは、1人だけ修学旅行へ行けなくなるよ。同級生から変な目で見られるようになるよ」と心配されたこともあります。


 そうして日常的に恥ずかしい思いをするようになると、自己中心的で自己防衛したくて堪らないマンの私は、それとなく母に家計状況を訊ねるようになります。


 学校の先生にこんなことを言われたけれど、問題ないのか。給食費は払えるのか。何度も呼び出されて恥ずかしい――と。


 すると母は呆気なく、「実はお金がなくて困ってる。お母さんも働きに出ようと思っている」と吐露したのです。


 今まで散々裕福な暮らしをしていたのに、何故急に? そう思いましたが……よくよく考えてみれば、全く「急」ではありません。

 小学5年生で、お小遣いが全額カットになった時。恐らくあの時には既に、家計状況は火の車だったのです。


 そもそも借金した本当の理由は分かりません。ただ兄弟で予想した結果、有力なのはやはり両親のパチスロでしょうか。


 それ以外に、大金が消える原因はなかったように思います。――確かに何でもかんでも買っていましたが、数千万が十年ともたずにポンと消えるような大きい買い物は、していないはずなんです。


 そうでなければ誰かに騙されたか、金品を貢ぐような相手が居たか……でしょうね。


「どうして」と聞いたことは、もちろんあります。

 もっと早く教えてくれれば、子供たちは皆「アレ欲しいコレ欲しい」を控えたでしょう。祖母だって、金品をばら撒くのを控えたでしょう。


 それなのに苦しい状況を知らなかったから、誰もが好き放題にお金を使っていました。手遅れになる前に、どうにでも出来たはずなのに。


 しかし母は理由を言わずに黙り込んで、俯くばかりです。

 私は手足と声を震わせながら、「○○ちゃんのお母さんにも、他の家でも、お金を借りてるんだよね……?」と、確認するように訊ねました。


 ずっと聞いてはいけない、気付いてはいけないと思って我慢していたのに、ついつい訊ねてしまったのです。


 母は、私の前で「こんなお母さんで、ごめん」と膝から崩れ落ちました。

 そうして「死にたい、ましろに辛い思いをさせて、お母さんなんて死ねば良いのに、ごめん」と蹲って号泣し始めたのです。


 ――その時私は、尋常ではないレベルの罪悪感に襲われました。

 今までの罪悪感なんて比ではありません。


 私の言葉で母を泣かせて、傷つけて、親の口から「死にたい」なんて驚きの言葉を引き出してしまったのですから。


 しかし第三者的な目線で見れば、救いようのない阿呆ですよね。私も母も。

 そもそも――訳を話せないということは――自業自得で借金していて、それをツンと指先でつつかれただけで「死にたい」なんて言われても、困りますよ。


 誰に何を言われても受け止めるしかないでしょうし、いちいち傷つくくらいなら、さっさと借金を返せば良いんです。


 それでもこの頃の私は、本気で「母にお金のことを追及すると、殺してしまう」と思い込んでいました。

 だからもう二度と、家計に口出ししないと決めたのです。


 ただ給食費は実際に食べたものだし、金額だって安いのだから、払ってもらうよう頼みました。

 強制ではないのだからと、「修学旅行なんて別に行きたくないし、家でゲームしてる方が楽しい」なんて、必要最低限の経費のみ支払うよう要請しました。


 中学校を卒業するまではまともに働けないけれど、中卒ですぐに働くから……私も稼ぐから、安心してくれと。


「だから、お願いだから、死にたいなんて言わないで」


 そう言って、気付けば私まで号泣していました。正直、ここで死んでくれていた方が後々マジで楽だったんですけど(最低のクズ)――。

 既に私の精神と思考は、ズタズタになっていたのだと思います。


 まともな思考回路ではないですし、母1人の心を守りたいからと、他を淘汰とうたするのは間違っています。

 本当に自己防衛したいなら、ここで「親殺しになる」とビビッて折れずに――しっかりと責任追及をして、そもそもの原因を明確にして、家族全員で話し合うべきでした。


 父は母の借金を全て把握していたのか、一部だけ聞かされていたのか分かりません。確認しようにも、4、5年前に他界していますから。


 母は外に働きに出なければと言っていましたが、束縛癖の酷い父は猛反対しました。

 働きたい理由をキチンと話さなかったから、浮気を疑われたのです――つまりこの時まだ、父は借金を正確に把握していなかったのでしょう。


 父としては、自分がしっかり働いて稼いで生活できているのに、「一番下のましろも、そろそろ高校生だし」と働きに出たがる母が、不審に見えたのだと思います。

 早々に「借金があるから、働かないとまずい」と、正直に説明してくれれば良かったのに――父にだけは、バレたくないと思っていたようです。


 父にバレたくないから生活水準を落とせずに、家計はますます苦しくなる。

 恐らくそれが原因で、取り返しのつかない額まで借金が膨らんだのだと思います。


 ……父も毎晩パチスロ行って大金ぶっ込んでて、それでどうして気付かないんですかね? という感じなんですが……我が家の財布の紐を握っていたのは、母でした。

 振れば金が出てくる、打出の小槌ぐらいに思っていたのでしょうか?


 そもそも何故、父がここまで母に執着するかと言えば、お見合いで父の一目惚れから決まった結婚で、自分に自信がなかったからだそうです。

 更に、父は口下手の偏屈で、人付き合いが極端に苦手です。(恐らく姉は、父の血を濃く継ぎ過ぎたのでしょうね……)


 だから、誰とでも打ち解けて友人が多すぎる母の考えることが、ひとつも理解できなかったのです。

 決して友人が多いイコール浮気するという訳ではありません。母だって、それ目的で友人を増やしていた訳ではないでしょう。


 しかし、多くの人に囲まれて色んな所へフラフラ移動する母を見ていると、どうしても不安だったのだと思います。


 そうして母は働きに出られないまま、卯月家の収支はガッタガタ。

 私も父と交渉しようと奮闘したことはあるのですが、ますます不穏な雰囲気になるので、早々に手を引きました。


 ただでさえ借金問題でグチャグチャなのに、更に離婚だなんだと――あの父が離婚話なんて、持ちだすはずがありませんが――拗れたら、ストレスでおかしくなると思ったのです。


 結果、借金について知らない父は、更に面倒なことを言い始めます。


「修学旅行を休むなんて、何をバカな。世間体が悪いから、絶対にましろを修学旅行に行かせろ。積み立ててないなら一括で払え」

「高校に行かないなんてあり得ない。今は女でも学歴を言われるし、中卒なんて無理だから絶対に進学しろ」


 父に悪気はありません。だって借金があるなんて、夢にも思っていないのですから。

 ――旅費にしろ進学費用にしろ、母は一体どうやって捻出したのでしょうか。


 結局私は高い金を出して修学旅行へ送り出され、高校まで進学することになったのです。

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