4縛 権力者の娘

 × × ×



 部屋に家具を運び終わったのは、21時を回った頃だった。矢箕家のボディーガードだろうか。屈強な男二人が搬入をして、適当に平積みにしていた参考書まですっかり元通りだ。



 いるところにはいるもんだな、ドの付く金持ちが。



「それでは、みやこ様」

「うん、お父様には秘密にね?秋津」



 秋津あきつ、と呼ばれた20歳くらいのクラシカルなエプロンドレスを着た女性は、どうやら矢箕京の専属メイドであるらしい。こういう存在は、ファンタジーにしかないんだと思ってた。



「親は、一緒に住んでないのか?」

「お父様もお母様も、常に海外で生活しています。もう、三年程顔を見ていません」



 三年というと、高校の入学式にも来ていなかったのか。



「複雑なんだな」

「いえ、むしろシンプルですよ。あの二人は、家族での時間より世界を回す方を選んだだけです。お金はこの世の血液で、自分たちは心臓なんだと言ってました」



 スケールがデカ過ぎる。そりゃ、庶民一人を調べ上げる程度の小銭とコネクションなんて、いくらでも持ってるワケだ。娘と天秤にかけて取るほどのモノかと問われれば、その答えは俺には分からないけど。



「それにしても、時生さんって変な人ですね」

「お前が言うなよ」

「いえ、そういう意味では無くて」



 そういう意味って、狂ってる自覚があるのか?



「こんな目に合えば、驚くなり喜ぶなり悲しむなりして、まともな精神状態でいられなくなるモノだと思いますが」



 マジで、お前が言うのかって内容だった。傷心したところを、骨の髄までしゃぶるつもりだったのだろうか。酷いマッチポンプだ。



「それくらい強くなくちゃ、とてもこの4年間をまともに生きて来られなかった。もちろん、お前は何があったのか知ってるんだろうけどよ」



 意外な事に、矢箕は黙った。喋らない選択をする理性があったとは驚きだ。



「まぁいい、とにかく飯にしよう。と言ってもカップ麺だけどな。やっぱ、お嬢様はインスタント食品なんて食べたこと無いもんなのか?」

「あ、あの、ちょっと待って下さい」



 矢箕は、立ち上がった俺のズボンを掴んだ。



「か、可哀想な時生さんを思ったら、へ、へ、変な気持ちに――」

「もうアホ。お前はもうほんとアホ」



 という事で、治めるためにシャワーを浴びさせて、俺はスマホで調べ物を始めた。それは、矢箕の両親が一体何者なのかという事だ。城みたいな豪邸だったけど、普通に生きてるだけじゃあんな生活は絶対に手に入らない。



「……あぁ、マジかよ」



 答えは、思っていたよりもすぐに、簡単に見つかった。何故なら、矢箕の一族の名前は探すまでもないくらい、ありとあらゆる機関の上層部に散見されたからだ。



 有名企業の執行役員なのは、株式を保有しているからか。そして、銀行、警察、官僚。それらの首脳部にも、確かに「矢箕」という苗字が刻まれている。彼らの相互関係は、もはや確認する必要もない。



 きっと、矢箕一族が動かせないモノは殆ど無いのだろう。多分、政治家やヤクザにだって息が掛かっているに違いない。文字通り、人を消す事だって可能なハズだ。正攻法だけで、全員がこんなに高くのし上がれるとは思えないし、実際に俺も経歴を調べられている。



 そして、その華麗なる一族の中心に位置する人物こそが、矢箕京の両親である創元そうげん美旗みはたなワケだ。資産家って、マジでなんなんだよ。魔王か何かなワケ?



「バカげてる」



 要するに、矢箕家には東京都心の町を支配する程の、想像もつかない程バカデカい権力がある。それを振るう力を持ち、更に保持し続ける資金力がある。

 その存在を知って、俺は自分が何に巻き込まれたのかを自覚した時、とうとう堪え続けていた言葉が弾丸のように勢いよく口から飛び出した。



「終わった!」



 まさしく、将棋やチェスで言うところの「詰み」というヤツだ。



 本当は、嫌われる為の作戦を実行しようと思っていた。ここで生活するうちに、自然と興味を失ってくれるように努める気でいた。



 だが、もしも矢箕に嫌われるような事があれば俺の人生は終了するだろうし、逆張りして更に踏み込んで矢箕に手を出そうものなら、それはそれで俺の人生は終了するのは明らかな事だった。だって、もう拉致されてるんだぜ?俺が敵対したなら、確実に口封じくらいするだろ。



 だって、俺ならそうする。



 つまり、これ以上好かれてはダメ。飽きられて好かれなくてもダメ。既にメーターを振り切って、フルスロットルで突っ走っている矢箕京という悪魔よりも悪魔的でピーキーなマシンを、一切スピードを落とさずガソリンを注いで、しかもオーバーヒートしないように操り続けなければならないのだ。



「正気の沙汰じゃない」



 ……けれど、ならどうするんだ?誰かの救いを信じるのか?来るのかもわからない、どんな形なのかも知らない終わりを待つのか?社会から抹殺されるかもしれないのに、悠長にとぼけ続けるのか?



「それは……」



 多分、生き残りたいなら戦うしかないのだ。もう、何かに縋って待ち続けて、その結果が幸せであってくれと願わないって、あの夜に誓ったじゃないか。忘れられない温度に、同じ過ちは犯さないと誓ったじゃないか。



「それだけは、絶対に嫌だ」



 一度起きてしまった。二度と元には戻らない。ならば、三度目の不幸が訪れないように、俺が自分でなんとかするしかないのだ。



「……決めたよ」



 俺は、矢箕京と、最も平和な形で同棲してみせる。そして、いつかこのクソッたれた歪な関係を円満に終わらせて、俺は俺の生きたい人生を歩むんだ。

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