第一章 ヤンデレと呼ぶには、少し症状が進み過ぎている

1縛 拉致軟禁

 × × ×



 ……夢を見た。半年前の、クリスマス・イヴの夢だった。



 どうして、今になって記憶を呼び起こすような夢をみたのだろうか。というか、そもそも俺はなぜ眠っていたんだ?さっきまで、学校にいたハズだが。



「あ、気がついたみたいですね。おはようごさいます、時生ときおさん」

「……お前、矢箕京やみのみやこか?なぁ、ここはどこだ?というか、なんで俺――」



 まだ頭がボーっとしていて、ここが夢か現実かの区別が付いていないような気がしている。見慣れない場所も相まって、まるで頭の中に霧が掛かっているような、そんな不安定な状態だ。



「落ち着いてください。ここは私の家で、私の部屋で、私のベッドです。僭越ですが、拉致させていただきました。学校で時生さんにお渡ししたお茶には、催眠薬が入っていたんですよ」

「……いや、何を言ってんの?お前」

「拉致ですよ、誘拐でも構いませんが。意味、分かりますよね?」



 言葉の意味では無くて、どうしてそうなったのかを説明して欲しい気持ちがハンパじゃないが。まぁ、ジタバタしても自分の首を絞めるだけだと直感したから、自分でなんとか状況を把握しようと試みた。



 とりあえず、周囲を見渡す。わかった事は、俺は制服のまま眠っていて、彼女はすぐ隣に腰掛けているという事だけだ。

 鞄と学ランは、木製のハンガーラックに掛けてある。窓の外を見るに、夕方から夜の間くらいだろうか。紫とオレンジの空が、かなり不気味だ。



「あ、どうやら少しずつ頭が覚醒してきたみたいですね。お水、飲みますか?」

「その前に、一つ訊いておきたいんだけど」

「はい、なんですか?」



 寝そべる俺の体にすり寄って、肩に頭を預けながら聞き返す。かなり恐怖を感じたが、ハッキリさせておかなければいけない事だ。



「俺、殺されんのか?」

「……ふふっ。嫌ですよぉ、時生さん。時生さんが死んだら、私も後を追ってしまうじゃないですか。せっかく同じクラスになれたのに、おかしな事を言うんですね」



 どうやら、そういう事らしい。命の危機はない、のだろう。多分。



 そう思うと、五感も少しずつ戻ってきた。そして、感じた匂い、随分と上品で、高級感のある匂い。少し汗の混じった、甘い匂い。これは、布団や枕から香っているようだ。



 ……ここに来るほんの少し前にも、この匂いを嗅いでいた。それに気がついた時、俺の脳内には一挙に記憶が舞い戻ったのだ。



「そうだ。今日は、新学期の初日だ」



 一つずつ、思い出していこう。



 朝。俺は、いつものように学校へ向かった。中庭の掲示板でクラスを確認して、2年4組へ入った。見知った顔の連中と話をして、席について。そして、ふと騒がしくなった前の扉を見たんだ。



「おはよう、矢箕さん」

「皆さん、おはようございます」

「学園のアイドルと同じクラスだなんて光栄ですよ」

「あたしも!今年もよろしくね!矢箕さん!」

「そ、そんな、大袈裟ですよ。私は、ただの高校生ですから」



 すっかり囲まれて、あっという間に輪の中心となった彼女を見て、「あれが噂の矢箕京やみのみやこか」なんて考えてた。



「『ただの』だなんて、ご謙遜を」

「でも、そういうところが人気の秘訣なんでしょうね。流石です」



 噂程度だが、矢箕の父親は世界でも有数の金持ちで、その正体は莫大な金を転がす資産家だという。所有している株式が、あまりにも多くの会社に影響している為、「矢箕家に嫌われれば商売は成り立たない」とも。果たして、本当のことだろうか。真相は、闇の中だ。



 しかし、矢箕京やみのみやこの人気の秘訣は、家柄だけに囚われていないことも事実だろう。



 身長は、162〜3センチくらい。黒い髪に緩やかなウェーブが掛かった腰までのロングヘアーで、前髪を綺麗に揃えている。やや垂れた大きな目と、アイラインいらずの長いまつ毛。小鼻は高く、柔らかな丸顔。幼くも大人げで、少し薄幸そうな儚げな雰囲気が特徴的といったところだ。



 つまるところ、この容姿とそれに準ずる謙虚で優しい人柄が、彼女の人気に深く関わっているのだろう。美人で、優しくて、更に優秀。三拍子揃った、しかし隙のある不思議な女が、俺が噂に聞いていた『矢箕京』という人物像だった。



 やがて、矢箕が俺の後ろの席に座った。通り過ぎる瞬間、一瞬だけ目があった。その時だ。俺が前に、矢箕に会った事があると気が付いたのは。



「……あ、クリスマスの」



 思わず、呟いてしまった。それと同時に、矢箕が強く息を呑みこんだ事が分かった。ならば、一言くらい言葉を交わしておくのがいいと思ったのは、至極当然の事だろう。



「あのさ、前に会ったの覚えてる?去年のクリスマス・イヴ、すげぇ雪が降ってた日。まさか、同じ学校だったとはな」

「……は、はい。その、あの時はどうも。薬師やくし、さん」



 泣いてる姿を見られたからか、クラスに入ってきた時は打って変わって、矢箕が恥ずかしがっているように見えた。だから、とりあえず安心してもらおうと思って、出来る限り笑顔で話をしたんだ。

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