第101話 お別れ
翌日。マーマイトを塗ったライムギの黒っぽいパンの朝食をごちそうになる。
味は……お察しの通りだ。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
別れの時間だからだ。
家の入口で、まずは両親が別れの言葉を送る。今までのこともあり、どこか申し訳なさそうな表情をしていた。
「すまなかった。私たちがすべて悪かった」
やはり、罪悪感を感じているようだ。
「これからは二人で、幸せにするのよ。何かあったら、協力はするからね」
「お父様、お母様。ありがとうございます」
そう言ってウィンはすっと頭を下げた。
紆余曲折あったけれど、何とか認めてくれた。これから少しでも、関係が良くなるといい。ウィンが受けていた仕打ちを考えれば、すぐに仲直りなんてできないが、少しずつ分かりあっていけるようになればいい気がする。
それから、兄妹たち──。ウィンに対して好意をもってくれた。
「ガルドさん。もしよかったら、またタツワナに来てください。もてなしますから」
「ははは、ありがとうございます」
ロック達もどこかさみしそうな表情をしている。別れるのがちょっと寂しい。
両親があれだったからどんな人かと思ったが、とてもいい人たちだった。もっと、しっかりと交流を持ってもよいと思ったくらいだ。
また、何かの機会にあってみたい気分。プライベートで会いに行っても、いいかもしれない。
「また会ったら、その時はしっかりともてなすわ」
「そうだ、幸せになるんだぞ。俺たちも応援してるからな」
「フレアさん、マリーさん、ロックさん。今回は、本当にありがとうございました。このご恩は、決して忘れません」
また、この3人とはまた会いたいものだ。
ウィンが深々と頭を下げると、後ろから声が聞こえる。
「せんぱ~い。そろそろ行きますよ」
ニナだ。それにビッツとエリアもいる。
「ほら。出発だよ。早くしないと峠の中がキャンプ地になっちまうよ」
そうだ。帰り道──朝に街を出ないと夕暮れと峠越えの時間が重なってしまうかもしれないのだ。
もう少し、彼らと一緒にいたかったが、俺たちも王都で生活というものがある。
残念な気持ちだが、ここでお別れだ。
「ということで、私たちはこれで」
「ありがとうございました。また会いましょう」
そして俺達は王都へと帰っていく。
最初はどうなってしまうものかと心配したが、両親ともうまく打ち解けられたし、なによりウィンがトラウマを乗り越えてくれた。
その事実が、たまらなく嬉しい。
そして──最後。告白された。
まさか、俺に対して好意を持っていたとは。想ってもみなかった。
そんな経験が、全くの皆無だからだ。
意外な事実だった。確かに、ウィンは俺にいつも尽くしてくれていて、いつもとても一生懸命。優しくて思いやりがある素晴らしい性格。
本当に素晴らしい人だし、ウィンにはそれに見合った人物と思っている。
だから、幸せになってほしいし尽くしてあげたいという気持ちになれる。
こんな恋愛経験もない俺だけど、一生懸命ウィンのために尽くしたいという気持ちになれる。
ウィン、俺のことを好きって言ってくれてありがとう。
ちゃんと、その気持ちを裏切らにように尽くしていきたい。ウィンを満足させて行きたい。
その日の夕方。
山道の中 空高く生い茂る木々からは今にも沈みそうな夕日と、オレンジ色に染まりゆくそら。
そしてこの場に響き渡る、ニナの悲鳴──。
「せんぱ~い、申し訳ありません」
ニナが涙目になりながらわんわんと叫ぶ。
そして、やれやれといった感じで額に右手を置く俺に、大きくため息をついたビッツ。
「あ~~初めてのニナに、こういう初めての峠は荷が重かったか──」
「はぁ~~、このあたりをキャンプ地に、するしかないわね」
エリアの言葉通り、今更ニナを攻め立ててもしょうがない。
発端は、タツワナ王国を出発してからのこと。本来、こういった遠距離遠征では地図を見ながら周囲を先導したり、指示を出したりするリーダーのような役割がある。
いつもは俺やエリアがやっていたのだが、なぜかニナが「自分にやらせてほしい」と志願してきた。
「先輩、今回は私にやらせてください!」
戸惑う気持ちはあったものの、俺たちも後輩を育てなきゃいけない役割がある。
いつも俺たちがやってしまったら、周囲が育たない。多少リスクはあっても、後輩に経験を積ませてほしいという声を、ギルドから何度か言われた記憶がある。
今は王都への帰りで、とくに強い敵がいるわけではない。
とのことでニナに経験を積ませるという意味もあり道案内をニナに任せたのだ。
結果は、燦燦たるもの。道に迷った挙句、何度も猛獣たちに襲われ時間を大幅ロス。
夕方で日も沈もうとしているにもかかわらず、峠越えが絶望的な状況に。この山奥で一夜を過ごすことになってしまった。
「先輩。本当に申し訳ありません──うわ~ん」
ニナが俺の胸に飛び込んでくる。そしてわんわんと泣き始めた。罪悪感を持っているのがわかる。とりあえず、ニナを励まそう。
ニナをぎゅっと抱きしめ、優しく背中をさする。そして左手を頭に持っていきニナの髪をなでた。
ニナの髪をほぐすかのように──。
「頑張ったねニナ。おつかれさま」
ニナだって、必死になってやったんだ。今日は失敗しちゃったけど、また今度挑戦して成功させればいい。
「先輩、あったかいです。嬉しいです──」
「最初は、誰だってうまくいかないときはある。次は、成功させようね」
そう言って、ニナをもう一度強く抱き締める。
「おおっガルドさん。ニナちゃんの心をゲットだねぇ」
からかうようなエリアの言葉は無視。
そしてふとウィンと視線が合う。
ウィンは、ぷくっと不機嫌そうに顔を膨らませた。
俺の行動に、何か不満でも持っているかのような──。
ウィンがぷくっと膨れた表情は、初めて見た。
そうか──エリアたちは知らないけど、俺たちは付き合うことになったんだ。
無意識にニナのために抱きしめちゃったけど、これからはこういうことは気を付けないといけないのか。
また、大変なことになりそうだ。
そして俺たちはここをキャンプ地とするための準備を行った。
準備を行いながら考える。
これからウィンと交際をするにあたって、女性との接し方は考えていかなきゃいけない。じゃないと、ウィンはまた嫌な思いをしてしまうだろう。だから気を付けないと──。
でも、後輩のために時にああいった指導や励ましの言葉も必要となる。
それを両立させるのが、とてもつらいところだ。けど、乗り越えていこう。
ウィンのために、みんなのために──。
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