第45話 助けて


 私と一緒に住む意味。そんなの、決まっている──。


 私が嫌がっているのに、ヤコダは私にキスを強要してきたり、胸を揉みしだいてきた。


 毎日感情を殺して、ただ彼の性欲のはけ口となる日々。そして──。


「それだけは、絶対にやめて下さい」


「なんでよー、キスまで行ったんだからさ。一緒に住んでるんだから、やっちゃおうよ~~」


 そう言ってヤコダは、私の服に手をかける。

 完全に、一線を越えようとしているのだ。


 怖い──、怖い──。やめて。


「それだけは絶対に嫌です!」


 考える間もなく、足が勝手に動く。

 私は体を震わせながらその場所から逃げるように走り去っていった。


 そして、このことがパーティー中に伝わると、「お前はバトルでも生活でも使えないし、もういらない」と言われ、パーティーを首になってしまったのだ。


 もういや。あのころには戻りたくない。

 今はガルド様がいるとはいえ、昔の言葉が頭をよぎってしまい、心の中でそう叫んでしまう。



 そして、キィィと扉が開く。


「あの人、帰ったわ」


 その言葉に大きく息を吐いた。心の底からの安堵。思わず腰が抜けてしまいそうだ。

 汗を手で拭って、頭を下げる。


「変わってくれて、ありがとうございました」


「いいえ。あなた、あの人と接していて明らかに様子が変だったから──」


 そして、レーノさんはわたしの目をじっと見る。


「まあ、あなたいろいろ闇が深そうだし、それをわざわざほじくるつもりはないわ。もし何かあったら、ちゃんと相談しなさい。乗ってあげるから」


 その言葉に私は安堵する。自然と大きく息を吐いて、肩の力が抜けた。


「ありがとうございます」


 レーノさんが先輩で、本当に良かった。

 そして、私は再び手を動かして、仕事に戻る。


 大丈夫。今の私にはレーノさんもいて、ガルド様だっている。

 みんな、私のことを本当に想っていてくれて、守ってくれる楽しい存在だ。


 そう考え、私は接客にも復帰する。


「ちょっと、大丈夫なの?」


「大丈夫です。私なら、もう平気ですから」


 レーノさんは私のことを想ってくれるのか、肩に手を置いて私を止めようとした。

 でも、私だっていつまでもいられない。

 もうヤコダが行ったのなら、私は行ける。


 頑張らなきゃ。そう自分を鼓舞して、接客を再開。


 一生懸命、接客にあたった。



「お疲れ様です」


 今日は、早めに上がるシフトだ。要約の帰宅。今日は、嫌な人に会ってしまったし、はなくガルド様の元に帰りたい。


 そう考えて入口の門をくぐったその時──。








「お仕事お疲れ様、ウィンちゃん」





 予想だにしなかった言葉に私は言葉を失う。

 恐る恐るその方向に視線を向けると──。


「な、なんで──いるんですか?」


「何でって、ウィンちゃんが帰るまで待ち伏せしてたんだから当たり前じゃん」


 ヤコダが、そこにいた。店から見えないように隠れていたのだろう。


 体が恐怖で震えて止まらない。頭が「怖い」という感情でいっぱいになる。


「何しに、来たんですか?」


「ウィンちゃんは、どこに住んでるの?」


「言えるわけ、無いじゃないですか!」


 精一杯勇気を出してヤコダに言葉を返す。しかし、ヤコダはへらへらと笑ったまま。


「一緒に、帰ろう?」


「絶対にダメです」


「このまま尾行して、家に押しかけちゃおっかな──。それで、俺がウィンに何をしたか、言っちゃおっかな?」


 その言葉に背筋が凍り付く。私が嫌がらせを受けるだけならまだいい。けれど、ガルド様を巻き込ませるわけにはいかない。


 それに、私がヤコダにされたことをばらされたら……。


「やめて下さい!」


 精一杯の勇気を出して言葉を返す。


「お前の彼氏さん、いつ帰ってくるの? 俺の言う通り教えてくれたら、俺とウィンちゃんがどんな関係だったかは、言わないでおいてあげるよ」



「決まってるじゃん。ギルドや、街中に言いふらしてやる。唇の柔らかさ、おっぱいに大きさと柔らかさ。最高だったと言いまくってやる」


 ガルド様に──このことが……。

 それは、絶対にダメだ。それが知られたら、私──捨てられちゃう。


「お願い! 知ってるんだよ。ウィンちゃんの家、この時間は誰も帰ってこないって、彼氏さんが帰ってくるのって、もっと遅くでしょ。大丈夫大丈夫! ウィンちゃんの家、偵察してたから」


 その言葉に、私は絶望した──。

 全部、わかっていたんだ。用意周到に私の弱みとガルド様がいない時間を理解していた。


 その上で、私を待ち伏せていたんだ。


 希望を失った私が返す言葉は、一つしかなかった。


「わかりました。でも、絶対にガルド様に、言わないでください──」


「大丈夫大丈夫。約束は守るよ──」


 そしてヤコダは私の手をぎゅっと握る。

 その瞬間、恐怖からか背筋が凍り付くほどの怖気が走った。


 夕日を浴びながら、とぼとぼと道を歩く。家に帰る時の気分が、こんなに重いのは初めてだ。

 一歩一歩、絶望に向かって歩いているような気分になる。



 そして、家に──。やっぱり、ガルド様はいない。


 ドアを開けた瞬間、ヤコダは何も言わずに上がり込む。


「おー、質素だけどいい感じの部屋じゃん」


 夕日が家の壁に当たる。いつもは帰ってきて安心する場なのに、今は絶望で心が押しつぶされそうになる。



 そして、ヤコダは私の方をくるりと向いて、無情にも言い放った。


「とりあえず、彼氏さんが帰ってくる前に、やろうよ──」


「な、何をですか──」


「何をって、密室で男と女二人っきり。やることなんて決まってるじゃん。セックスだよ、セックス。セックスに決まってるじゃん」


 その単語が出た瞬間に、私は思わず腰を抜かしてしまった。


 顔が青ざめる。恐怖が全身に広がり、体にうまく力が入らない──。

 ヤコダはニヤニヤと笑いながら近づいて来た。


「一緒にいたときは、逃げられると厄介になる手前やらなかったけれど、今回はもう逃がさないよ」


「ひっ……」


 恐怖で頭がいっぱいになりながら、後ずさりしてヤコダの魔の手から逃れようとする。

 そして、背中が壁に当たる。



 ──もう逃げられない。


「さあ、今度は逃がさないよ──」


「やめて下さい、やめて下さい──」


 ヤコダの手が私の胸へと伸びていく。

 お願い、助けて……ガルド様──。


 私が心の中でそうささやいたその時。


 バン!


 家の扉が大きい音を上げて開く。


「ウィン、大丈夫か?」


「ガルド──様」




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