2章

第44話 訪れたのは──



 ウィン視点。


 ガルド様とのデートから数日後。

 今日も私はカフェで仕事。いつものキャラクターに徹しながら、お客様たちに接する。


 仕事にも慣れてきたし、自分でいろいろな料理を作れるようにもなってきた。


 チリンチリン──。


 入口の方から鈴の音がする。あっ、またお客さんが入ってきた。


「私が行ってくるわ」


 レーノさんが対応に入口の方へ行く。


「いらっしゃいませ~~」


 いつもの猫なで声で対応している。私は、その間にお冷を準備。すると──。


「ウィン。あなた指名よ。窓側の一番奥」


「わ、わかりました」


 私の、ファンの人だ。この店では指名料を出すことで注文や料理を出すウェイターを指名できるのだ。


 私も、いろいろお客様に接しているうちに、私にもそういったファンができるようになった。

 私のファンだといてくれる人が増えてくれると、やっぱりうれしい。


 ちゃんと、大切にしなきゃ。


 そう考えて、強く拳を握る。そして私は客室へと向かっていった。


 窓側にある奥にいる人。


 茶髪で髪が長い、男の人。目が合った瞬間体がびくりと動いた。

 無意識のうちに、視線が彼に吸い込まれてしまう。


「やあウィンちゃん。こんなところで働いてたんだ~~。かわいいかっこうだね~~」



 外見はイケメンな男の人という印象。私を見るなりさわやかな笑顔で手を振ってくる。


 しかし、私はそれを見て、体の震えが止まらない。びくびくと体を震わせ、一歩後ずさる。

 その笑顔の中に、どす黒い感情が混じっているのを理解しているからだ。


 予想だにしなかった事態に、私は言葉を失ってしまう。

 その間にも、男の人はニヤニヤしながら話を進めてくる。


「忘れちゃったの? 同じパーティーで、一緒に暮らしたこともあるヤコダだよ」


「それは、わかってます」


 ヤコダ。以前のパーティーで、一緒だった人。


「なんで、ここにいるんですか?」


 無意識に、後ずさりしてしまう。私のトラウマが頭をよぎり、体の震えが止まらない。


「だめだよウィンちゃん。俺、お客さんなんだよ。そんな顔してたら、かわいい顔つきが台無しだよ──、笑顔笑顔」


「そんなこと、出来るわけないじゃないですか──」


 恐怖に震える中、力を振り絞って言葉を返す。


「そんな硬い表情しなくたっていいじゃん。この前まで、ウィンちゃんと一夜を過ごしたなんだからさ……」


 や、やめて……そんなこと、言わないで──。

 私はお冷を置くと両手で口を押え、胃から何かが吐き出しそうになるのを何とか抑える。


「そんなことは、してません」


「本番はね。でも、ウィンちゃんのおっぱい──柔らかあったよね~~。フニフニで弾力がすごくて」


「や、やめて下さい……」


 恐怖に震える中、かすれた声で、精一杯の勇気を出して


「いっぱいキスしたり、胸をもんだりした仲じゃん。俺、いっぱい女の子に手を出して来たけど、ウィンちゃんはその中でもトップクラスにかわいかったよ!」


「ですから、やめて下さい」


 勇気を出して声を発する。思いだしたくない記憶。知られてしまったら、軽蔑されてしまうであろう事実。


 もう、思い出したくない。

 そんなふうに心の中で叫んでいた時──。


 タッ──。


 誰かがヤコダの腕をつかむ。


「聞こえていますよ。従業員へのセクハラは禁止です。これ以上度が過ぎたことを行いますと出禁となります。その辺でおやめになってください」


 レーノさんだ。

 レーノさんはヤコダを見ながら私に耳打ちしてきた。


「厨房に逃げて」


「……ありがとうございます」


 そそくさと、逃げかえるように早足で厨房に戻っていった。


 動悸が止まらない。深呼吸を何度かしてしばらくすると、何とか気持ちが落ち着いてきた。

 その時──。


 コトッ──。


「レーノ、さん」


「落ち着いた?」


 レーノさんがお水を机に置いてくれた。私はその水を一口飲んで言葉を返す。


「はい。ありがとう──ございます」


 水を飲んで、コトッとコップを机に置く。大分、落ち着いてきた。


「あんたとあいつに何があったかは、この際聞かないでおくわ」


「あ、ありがとうございます」


「とりあえず、顔は覚えた。この店で、アイツをあんたに顔合わせさせるのはさせない」


 レーノさんの言葉に、私は心から安堵する。心から頼れる存在だと、強く感じた。


 そして、あの人にはレーノさんが対応することとなった。

 ヤコダはその後、特に行動に出なかった。


 レーノさんが運んだ紅茶とケーキを、景色を見ながらゆっくりと食べると、会計を済ませてこの場を去って行った。



 私はその間、厨房で料理作りを担当していた。

 ヤコダが去るまで、私は生きた心地がしなかった。体は震え、汗があふれ、背筋が凍り付いていた。


 何もしていないのに、ぜぇはぁと息が荒い。


 あの人と一緒にいた時のトラウマは、今も私の心に深く残っている。




 最初のパーティーが国によって強制的に解散させられた後、複数のパーティーを転々とした後。


「お前、これでだめだったら奴隷行きだってあり得るからな。覚悟してくれよ」


「──はい」


 とはいえすでにいくつものパーティーを首になっている私。

 そんな私を雇ってくれるパーティーの人は──。


「おおっ。噂通りかわいい女の子! よろしくねっ」


「は、はい……」


 私を、冒険者仲間と相手ではなく、欲望のはけ口としか考えない人だった。

 そして、家賃が払えず住む場所に困っていると知ると──。


「じゃあ一緒に暮らそうよ。拒否は認めないから」


 何と一緒に暮らすと言い始めたのだ。行く当てもなく、立場が悪かった私に拒否権なんて存在しなかった。


 私と一緒に住む意味。そんなの、決まっている──。

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