第34話 2人で、夜の港へ

「ウィン、もう1度戦ってほしい。ガルドとなら、いいコンビになるし大活躍できると思う。もう一度冒険者として、戦わないか?」


 ウィンの目が、大きく開かれる。

 じっと、エンヴェルの方を見ていた。


「丁度、経験があって遠距離攻撃ができる人が欲しいって、聞いた事がある」


 それだけじゃない。ギルドの体質に嫌気がさして冒険者をやめてしまう人がぽつぽつ出ている。それは、政府の方に話は伝わっているはずだ。


 だから元々実力があったウインに声をかけたのだろうか。気持ちはわかるのだが……。


「もう一度、戦うんですか……」


 ウィンの身体が、ブルブルと震えている。

 きっと、仲間達から罵倒され、追放されたトラウマが蘇ったのだろう。


「あの、私……。その──」


「もちろん無理にとは言わない。ガルドと一緒に組むという手だってある」


 将来的にウィンがトラウマを克服するというならあり得るが、今はまだその時ではない。

 これ以上、ウィンを悲しませるわけにはいかない。


「申し訳ありません。この通り、ウィンは戦える状況にありません」


「それも、そうですね……」


 エンヴェルはウインの様子を見て察してくれた。


「わかった。無理強いはしない。悪かったな」


 その言葉にウィンはほっと息をなでおろす。怖がっていたのが良く分かる。


「……ありがとうございます」


「まあ、これからもこの国のためにいろいろよろしくな」


「ああ」


 それからも、これからのことをいろいろと話す。

 定期的に会食をしたりして情報交換をしたり、何か大きな動きがあったら教えるとか、そんな取り決め。


 ウィンは、俺とエンヴェルをキョロキョロと見ていた。

 トラウマがあっても、無関心というわけではないようだ。


 そして俺達は食事を終え、外へ。


「じゃあガルド、これからもよろしくな」


「こっちこそ。一緒にこの国を変えていこう」


 手を振って、俺達は分かれた。

 アイツは、俺が国家魔術師だったころからの親友のような存在。離れ離れになっても、こうして希望だけは捨てないで行きたい。


 そして、視線をウィンに向ける。


「ごめんね。硬いことばかり話して……蚊帳の外にしちゃって」


「いいえ。大丈夫です。必要なことだって、わかってますから」


 ウィンの表情が、いつもより複雑そうだ。やはり考えているのだろうか──もう一度、戦ってくれないかという言葉に。


 ちょっと、聞いてみよう。


「ウィン、ちょっといいかな?」


「何でしょうか」


「ちょっと、行ってみたい場所がある。いいかな?」


「──私は、大丈夫です。なんでしょうか」


 ウィンが不思議そうな表情でコクリとうなづく。


「そんな変なことはしないから。すぐに終わる。話がしたいだけ」


 そして俺はウィンを先導して、目的の場所へと歩き始めた。

 はぐれないようにウィンの手をぎゅっと握りながら──。


 冷たくて、絹のように滑らかな指。触っていて、本当に気持ちいと感じる。


 夜、仕事帰りの人や酔っぱらっている冒険者っぽい人を尻目に歩く。


 しばらく歩いて、目的地に着いた。


「ここ、海ですか?」


「うん。海沿いの、海岸通りの道」


 心地の良い磯の香りが広がり、ざぶん──ざぶん──と波を打つ音が聞こえる。


 街の、海沿いの地域。


 海沿いに石畳の道が整備されて広がっており、そこからは地平線まで続く海と満天に輝く星空が一望でき、街でも有名なデートスポットになっている。


 夜の時間帯も、時折カップルが幸せそうに抱き合ったり、一緒に海を見たりしている。


「ウィン。出店でパフェ売ってるけど、食べる?」


「……ありがとうございます」


 ウィンは顔をほんのりと赤くし、どこかうれしそうだ。

 そして、近くの出店でパフェを買う。


 クリームたっぷりで、甘くておいしい。

 そしてパフェを食べながら、策越しに真っ暗な海の地平線を見る。


 夜風が当たって、気持ちいい。

 ウィンの長い髪が風になびいて、とても素敵に見える。


 ウィンは、美味しそうにパフェを食べていた。ちょっと、話してみよう。


「さっきの話、何だけどさ……。ウィンに、もう一度戦えないかってやつなんだけど……」


 ウィンははっとした表情になる。


「そ、その話ですか……」


 どこかうつむいたような、自信のない表情になる。

 やはり、まだ話をするには早いみたいだ。


「焦らなくたっていい。今すぐじゃなくたっていい」


「──今はまだ、戦えません。でも、少し──考えてみます」


 ウィンはコクリと頷いて、ふたたび海の方に視線を向けた。


 真剣な表情で、真っ暗な地平線をじっと見ている。

 本人としても、全く気持ちが無いというわけでもないようだ。


 しかし、策を掴んでいる手が、かすかにふるえている。


 まだ裏切られたことのトラウマが残っているのだろう。今すぐにというのは、流石に無理そうだ。


「無理強いはしない。けれど、心の片隅にとどめていてほしい」


「……わかりました」


 戦うのは、まだ先の話になりそうだ。

 取りあえず、今できることを全力で頑張るしかない。


「ウィン」


「なんでしょうか」


「これから、魔法もそうだけど、政府の要人やいろいろな人とかかわることになるかもしれない。重要な任務を引き受けることになるかもしれない」


「それは、わかってます」


 さっきの話で強く感じた。この国は、問題を多く抱えている。


 後輩たちのためにそれを何とかしたいと思っているが、それには俺はかなり活動をしていかなければならない。


 長い間家を空けたり、俺を嫌っているやつが危害を加えてくることだってあり得る。


 もちろん、ウィンに危害など加えさせるつもりなどないが、相手だってどんなことをしてくるかわからない。


 そう言ったつもりで話そうとする。しかし、それはウィンだってわかっているようだ。


「私のことは、気にしないでください。自分の身くらいは、守ります」


「お願いね」


 たとえ今か混迷を極めようも、未来がどんな方向になるのかは、強い希望の強さの方にかかっていると、俺は信じている。


 前に、すすもう。


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