第23話 人気の出る、やり方
そう言ってレーノさんがぽんと私の背中を押す。初めての仕事──、うまくいくといいな……。
「い、いらっしゃいませ……」
入口にいるのは若い男の人。
「席の方、ご案内しますね」
人前だということで、どうしても緊張してしまう。少しでも気を抜くと、噛んでしまいそうだ。
男の人は、私を見るなり、丸見えの谷間に視線を向けた後とても嬉しそうな表情をしている。
お願い、恥ずかしいからあまり見ないで……。
そして、にたりと笑い二人で顔を合わせ、一言。
「「か、かわいい……」」
「あ、ありがとうございます」
その言葉に、少しだけ照れてしまう。あまり外見をほめられたことがなかったから……。
それから、二人を窓側の机の席に案内。
「お水です」
銀色の皿にあるお冷をことっと机に置いた。
「注文があったら、何なりとお申し付けください──お兄さま」
……うう、恥ずかしい。男の人はニヤリと笑みを浮かべる。
「アイスコーヒーとパンケーキ、お願いします」
「アイスコーヒーと、パンケーキですね。わかりました」
顔を真っ赤にして言葉を返す。
そして私は速足で厨房へと戻っていく。
「……恥ずかしかったです」
「──でしょうね。私だって、本意じゃないし」
「そうなん、ですか?」
確かに、レーノさん私と話す時と、接客するときの雰囲気が違う。恐らく今のレーノさんが普通のレーノさんで、接客している時のレーノさんはキャラ作りをしているのだろう。
私にそんなことができるのか、不安になってしまう。レーノさんが料理をしているのを見ながら、思わず考え込んでしまった。
すると、レーノさんが料理する手を止めて話しかけてくる。
「ここら辺のアイスコーヒーの相場、わかる?」
レーノさんの質問に、私は以前のパーティーで行った喫茶店を思い出す。
「た、確か……銅貨6~7枚くらいだったと思います」
「うちは?」
「銀貨一枚」
この国では銅貨十枚で銀貨一枚ほどの価値がある。
だから、この店のコーヒーは他の店より5割ほど値段が高いのだ。
レーノさんはコーヒーを煎れながら話しかけてくる。
「なんで他の店より同じコーヒーでも高くとってるかわかる? ちなみに他の飲み物やランチ、デザートでもそれくらい高い値段をとってるわ」
私はしばし首をひねって考える。
「材料は、他と変わらないわ。正解は、私達よ──」
「私……達?」
「そう。私達が、お客さんたちが望んでいるキャラクターになり切って、お客さんたちの心を癒すの。それが、他の店との差別化であり、この付加価値分になっているの」
「だから、この店は他の店のウェイトレスよりも高い給料になっているのよ」
「そ、そうだったんですか」
私は言葉を失ってしまう。そうだ、私だっていつまでもガルド様に甘えていられない。力にならないと!
そう考えると、頑張ろうという気力が出て来る。
調理はあとで教える。まずは、そのキャラクターがしっかりとできるようにしなさい。
「はい」
「それと、あんたが人気が出る秘密の裏技、教えてあげるわ」
そう言って私の耳元でそのやり方を囁く。
「えっ? そ、そ、それをやるんですか?」
そのやり方に私はたまらず驚いて一歩引いてしまう。それは、ちょっと……。
「知ってる。この店、お客さんは店員を指名できるの。そして、指名が多いほど給料が増える仕組みなの」
「それは、契約の時に聞きました」
「あんた、お金が必要なんでしょ。だったら、ここは頑張って固定客をゲットしないと!」
その言葉に、私の意思は固まった。そうだ、今は──私が頑張らなきゃいけないんだ。
拳を強く握って、決意する。
「わかりました、私──やります」
レーノさんは、にこっと笑って言葉を返す。
「……そう。頑張ってね、あんたなら絶対看板娘になれるから」
そして私はコーヒーとケーキをお盆に乗せ、机の方へ。
落とさないように、でも速足でお客様の方へと向かう。
「お客様、お待たせしました」
そう言ってお盆にあるコーヒーとケーキを机において、ぺこりと頭を下げた。
その時に、レーノさんから教わった「人気の出る秘訣」を実行した。
具体的に言うと、胸を寄せて、前かがみの姿勢になる。
谷間が見えてしまうこの服も相まって、男の人には、胸の谷間が見えてしまっているだろう。
証拠に、その視線が私の胸に行ってしまっている。
……恥ずかしい。
男の人は、吸い寄せられるように胸の谷間をじっと見た後、私の顔に視線を戻す。
目が合った瞬間、罪悪感を感じたのか出したコーヒーとケーキに視線を急いで送った。
というか、やり過ぎたのか、ちょっと引いてしまっているようにも見える。
男の人たちは顔を赤くした後、言いずらそうに話しかけてきた。
「その──握手……してもらっていいですか?」
「お、俺も──お願いします」
男の人は顔を赤くして何度も軽く頭を下げた。ちょっと、ニヤニヤしている。そうだ、恥ずかしいけど……やらなくちゃ。
「わかりました」
そう言って、右手を男の人の前に出す。男の人は、順番に私の手をぎゅっと握る。
男の人は、顔を真っ赤にして、とても嬉しそうだ。
「あ、ありがとうございます」
「──とても、気持ちいです」
「こちらこそ。そう言ってもらえると、嬉しいです」
そう言ってぺこりと頭を下げた。そして、再び厨房へ。
歩きながら、男の人達のひそひそ話が耳に入る。
「うおっ、かわいい」
「俺、モロ好みなんだけど」
ニタニタしながら2人は私の方に視線を向けてきたのがわかる。
ちょっぴり、引いてしまう。
逃げ帰るように厨房の方へ帰ると……。
「お疲れ様、よくできたじゃない」
レーノさんがグッと親指を立ててくる。
「あ、ありがとうございます」
「気持ち悪かったでしょ? あの人達」
その言葉に思わず体をびくりとさせてしまう。何とか、ごまかさないと……。
私は両手を振って言葉を返す。
「そ、そ、そんなことないです……」
「気を遣わなくたっていい。顔にそう書いてる。別にそれは否定しないわ。私だって、そういう時はあるもの」
「そ、そうなんですか……」
この人、表情をよく見てる。ごまかすのは不可能だと理解し、本当のことを伝えた。
「確かに、ちょっと思いました」
レーノは腰に手を当て、私のことをじっと見る。
「あなたがあの男に対してどう思っても、私は否定しない。私だって、同じような感情を抱くことだってよくあるもの」
や、やっぱり──。
「でもね。それを乗り越えていかないと、仕事になんてならないわよ。うちはただ飲食を提供する店じゃないの。お客様に楽しさと夢を提供する場でもあるの」
私は真剣な表情でコクリとうなづいた。
「だから、きちんと自分が求められている役を演じられるようになりなさい」
「わかり……ました」
両手を強く握る。その言葉を聞いて、私は決意した。
確かに想像していたものとはだいぶ違うし、戸惑う所もあった。
でも、頼れそうな人だっているし、ここで頑張ってみようと、心から感じた。
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