魔王に「勇者よ、赤いきつねと緑のたぬきお得用セットの半分をやろう」と言われたので「全部よこせ」と言ってみた

千原良継

魔王に「勇者よ、赤いきつねと緑のたぬきお得用セットの半分をやろう」と言われたので「全部よこせ」と言ってみた

 彼女、赤井真桜あかいまおと、俺、緑野勇治みどりのゆうじは幼馴染みである。


 出会ったのは保育園。砂場で作っていた俺の最高傑作のお城を、魔王が蹴散らしたのが最初の遭遇だ。

 魔王というのは、真桜の事だ。


 勇者と魔王。それが、俺と真桜を指す言葉だ。


「ゆうじとまおっていっつもなかわるいよなー」「まおちゃん、ゆうじくんのことなかしちゃだめだよー」「あれみたいだよね、ゲームのさ、ゆうしゃとまおうみたいな」「それそれ、ゆうしゃとまおうだからなかわるいんだ!」


 それが定着して今に至る。





「おーい、勇者、さっさと帰ろ? いつまでも失恋に凹んでないでさ」


「黙れ、魔王。失恋っていうな、まだ何とかなる。奇跡は願う者だけにやってくるんだ」


「自分で奇跡って言ってる時点で、叶う確率ないの分かってるでしょうに」


「うぐぐ、元はと言えば、お前のせいだろ魔王め!」


 冷静に俺に突っ込みを入れているのが、【魔王】赤井真桜だ。俺達は、高校三年生になっても相変わらず「勇者と魔王」をやっている。もはや、本名よりも馴染んだ感がある。先生にすら、「勇者、ちょっと授業の資料持ってくるの手伝って」とか言われてしまう。


 放課後の昇降口。


 上履きから靴に変えながら、深いため息を漏らす。


「引き摺ってるなあ……おお、勇者よ、なんと女々しいのだ」


「スイさんに、俺の適当な情報流して無茶苦茶にしたのはお前だろうに……」


 俺の苦々しい恨みのこもった目に、魔王は「そうだっけ?」をシラを切る。


 東洋とうようスイさんは、うちの高校のアイドルである。皆の憧れ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。うちの学校の男子生徒全員がファンクラブに加入している。


 そして、魔王の友人だ。親友と言ってもいい。


「三年分の勇気を振り絞って告白したんだぞ……なのに帰ってきた言葉が『勇者君には真桜ちゃんがいるじゃない? いっつも惚気話聞かされてるんだよ? もー私に告白何て冗談きついんだから! 二人ともお幸せに!』だと……俺すっげえ笑顔で言われたんだけど……」


「まあ、スイったらそんな事を。お礼は何がいいかしら」


「お前なあ!」


「まあまあ、そんな事よりスーパー寄ろう? いつもの買わなくっちゃ。今日は私が奢ってあげるから」


 魔王が機嫌良さそうに校庭を駆けて行く。まったく、朝はあんなに不機嫌だったのに。「勇者がスイに告白? え、やめなよ、不敬だよ。マナーがなってないよ。道徳の授業受け直してきなよ。スイの迷惑になるからやめよ? PTSDが発症したらどうするの?」などと、超失礼マックスな言葉を並びたてていたのがウソのようだ。


「ほらー、勇者行くよー!」


「……へいへい」


 魔王の声に俺は嘆息して、後を追った。





 スーパーを出て、荷物を握りなおす。両手に溢れるのは、「赤いきつねと緑のたぬきお徳用セット」まとめ買いだ。

 家が隣同士で互いの両親が共働きな俺達は、小さい頃から俺の家で夕食を食べて、その日の宿題をやるのが習慣になっていた。

 受験生になった今でも、それは変わらない。むしろ、夜食が必要な深夜まで一緒に受験勉強をやっている。「お互い苦手分野違うし! 助け合うのが美しい幼馴染みの関係だよね!」と言ったのがどちらなのかは置いておく。ちなみに成績は魔王が悪い。


「早く帰って赤いきつね食べよーっと」


「緑のたぬきは渡さんからな」


「お金を払ってない勇者が何を言ってるのかな? これは全部私のでーす」


「魔王てめっ! さっきは奢るっていったくせに!」


「緑のたぬき全部とは言ってないよ、一個だけ奢ってあげる」


「くそ、魔王に騙された……」


「はいはい、赤いきつねの魅力が分からないからスイに振られるんだよねー」


「なんだと、緑のたぬきが好きそうな顔してるじゃないか、スイさんは!」


「親友調べによると、赤いきつねが好みみたいだよ?」


「ぐ……魔王に毒されてしまったか」


「失礼極まりないぞ、勇者」


 帰り道を、魔王と歩く。いつもの喧しい会話だ。本当の喧嘩ばかりしていたのは中学生まで。いつのころか、俺達は喧嘩というよりもじゃれあうくらいの関係になっていた。魔王が髪を伸ばし始めた頃か、それとも俺の背が魔王を追い越し始めた頃か。今となってはもう思い出せない。


 いつの間にか二人の間に沈黙がおりていた。別に珍しくもない。会話のネタが尽きてしまえば、口を閉ざすこともある。


「……ねえ、勇者」


 だから、魔王がポツリと呟いてきたのはちょっと意外で。だから、その小さな声が不思議と耳に届いてきた。


「本当にスイが好きなの?」


「……なんで」


「私の親友だし。変な男にひっかかるのは止めたいっていうか。天使を守るのが使命っていうか」


「魔王が天使を守るのか……」


「うるさい。ゆ、勇者が本当にスイのこと好きなら、私は。私は、スイの親友として。勇者の幼馴染みとして。ち、ちゃんと二人の事」


 声が震えている。まるで言いたくないことを言うように。


「もういいよ」


 だから、俺は言った。


「魔王のせいで、スイさんとのフラグは折れまくったようだからな。今更挽回するのは不可能だろ」


「……ごめんなさい」


「そこで謝るとはお前やっぱり何かスイさんに何か吹き込ん」


「何もしてない事もないとは思わないこともないんだけどもやっぱり何もしてないから! それでもごめんなさい」


 怒涛の勢いで慌てて誤魔化された気がするがまあいい。


「何故かしらないが、悪いと思ってるのなら」


「うん」


「誠意が欲しいな」


「誠意」


「傷ついた俺の心を癒す誠意が欲しい」


「具体的には?」


「これかな」


 二人で俺が持っているビニール袋を見つめる。赤いきつねと緑のたぬきお徳用セットだ。


「分かった」


 魔王が顔を上げる。少し泣いていたように見える。芝居がかったような声で魔王が言う。


「おお、勇者よ。長き因縁の相手よ。我が軍門に下るのならば、赤いきつねと緑のたぬきお得用セットの半分をやろう。具体的には、緑のたぬき。さすれば、未来永劫、魔王たる我とともに」


 そこで台詞は途絶えた。


「私と」


 そして、しばらくして魔王の絞り出すような声がした。


「私といつまでも一緒にいて欲しい」


 それは、耳が真っ赤になるほどの魔王の思い切った言葉だった。


「いやだ」


 だから俺は即答した。


「なんで!?」


「全部よこせ」


「全部」


「誠意が足りない。半分じゃ足りない。赤いきつねもよこせ。言わなかったが、たまに食うぐらいは俺も食う。だから、よこせ」


「横暴すぎる!」


「煩い、それと。お前もだ」


「え」


 魔王の噴火しそうな怒りのオーラが止んだ。


「お前も寄こせ。全部って言ったろ、お前もだ。一生、赤いきつねと緑のたぬきとお前。俺のもんだ、わかったか」


「勇者、顔赤くない?」


「気のせいだ、バカ魔王」


「耳も真っ赤じゃない? 可愛すぎない?」


「うるさい、今夜の夜食、麺抜きにするぞ」


「それは困る!」


 いつの間にか距離は近くなっていた。最初は恐る恐る、今はぎゅうぎゅう機嫌良さそうに俺の腕につかまって魔王が俺を見上げる。


「そういえばさ。スイに振られた直後に、私に告白ってずいぶん飢えてない?」


「飢えてない」


「怪しいなあ……私、今夜包丁持って行こうかなあ」


 好き放題に言っている魔王め。俺は、嘆息しながら右腕に感じる重さを心地よく思う。


 そう言えば、スイさんに明日お礼言わないとな。相談にのってもらって良かった。


『真桜ちゃんとの仲を取り持ってほしいのね! 私に任せて! ちょっと嫉妬させちゃえば簡単だよ! 真桜ちゃん、勇者君にメロメロだもん! 失敗しないって!』


 勇者と魔王。戦い滅ぼしあうのが宿命だが、たまにはこういう結果もいいだろう。





「いやー、しかし勇者も我が軍門に下ったか。赤いきつねは偉大だね!」


「は? 緑のたぬき一択だろ。何勘違いしてやがんだ」


「は? 愛しの魔王ちゃんの赤いきつねだよ? 何言ってくれちゃってんの?」


「は? それとこれとは別だろ。緑以外俺は認めねえ」


「は? 赤こそ至高なんだが?。処すぞ? 我、魔王ぞ?」


 ガンガン体をぶつけあいながら帰り道を帰る。


 魔王との戦いは、まだまだ終わりそうにはない。

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