スナックのカップ麺

@kanomao

第1話

 今から20年以上前の話です。

 私は24歳で、同い年の付き合っていた男と授かり婚(当時はできちゃった婚)しました。

 ところが、夫はいくつか仕事を変えた末、働かなくなりました。

 私は昼間スーパーでパート、それだけでは厳しいので夜近所のスナックで働きました。カウンターレディというやつです。

 朝の10時から夜の12時まで、かなりしんどい労働でしたが、若かったのでなんとか数年は続けました。寝るのは深夜、朝は7時に起きて9時までに1日分の食事を作りました。

 夫は、たばこを吸いながら家で子供を見ています。主夫というか、子守りですね。

 そんな生活が何年か、私もパートではベテラン、スナックではチーママなんて言われてた頃、飲酒運転が厳しくなりました。20年くらい前のことですね。

 勤めていたスナックは駅前ではなく国道から1本入った小さい長屋にテナントで入っていて、来るお客さんはほとんど車か歩きでしたから、お客さんは激減しました。

 お客さんにいろいろ聞いていると、軽く食べてから飲みに来るか、逆に飲んだ後軽く食べて帰るので、近くに何もないうちの店は車がないとなかなか来にくいというのです。

 スナックなので、おつまみくらいは出していましたが、飲んだ後の少々がっつり食えるくらいのものをうちで出せれば少しはお客が戻るかなと、私とママは考えました。焼そば、からあげ、ラーメン。いろいろ試しますが、まず厨房で時間がかかるとそのぶん本業である接客ができなくなる。当然洗い物や片付けが発生する。さすがにインスタントの、カップ麺をスナックで出すわけにもいかないだろうと思っていましたが、試しに焼きそばバゴォーンやホットヌードルを出してみたら「助かる」というお客さんがでました。

 ある常連のお客さんは、

「あの、ルパンが食べてたのってラーメンかな、うどんかな」

 といいました。

 ルパンどころかここ数年テレビも映画も見ていない私にはさっぱりわかりませんでしたが、どうやらルパンの映画の再放送で、カップ麺をおいしそうに食べるシーンがあるようで、

「あれ、うどんだよ。あんなうまそうに食べられたら見るだけで腹が減る」

 そしてよくよくきいてみると、

「ラーメンよりうどんの方がいいな」

 というお客さんが多かったのです。

 女から見ると、男はやたらにラーメンが好きで、特に飲んだら〆にラーメンを食うんだろ、というイメージしかなかったのですが、特にウィスキーを飲む人は、どういうわけかうどんを食べたくなる傾向があるようでした。

 こうして、赤いきつねが店の重要な曲がり角になりました。

 私はスーパー勤務が終わると同時に赤いきつねを大量に買い込み、そのまま店へ持ち込みました。

 お客さんは隣の人が赤いきつねを食べていると自分も食べたくなるという赤いきつね効果によってほとんどのお客さんが頼むようになりました。なかには「お揚げ」と麺とをセパレートにして、お揚げをつまみにウィスキーを飲み最後に麺を食べるという小技をみせるお客さんまで出ました。

 スナックはなんとか潰れることなく、私も結局10年に渡ってカウンターレディを続けました。

 閉店近くなると、ママと交代で厨房に入り赤いきつねを食べた思い出があります。

 夫は社会に復帰し、子供はもう成人しました。

 今でも赤いきつねを食べると、当時のことを思い出します。



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