お父さんの小さな緑のメッセージ

紬ユウ

小さなメッセージ

 内容を少し変更しました。

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「ただいま」


 暗い部屋の中を、呼応するように転々と灯がついていく。

 家の中には誰もいない。

 一人暮らしなので当然だけれど。


 僕はソファに腰を下ろす。

 今日はかなり遅くなってしまった。

 もう、深夜になるというところだ。

 少々憂鬱な思いにふけていると


 ふと、目の前の家族写真が目に入る。

 その中には、仏頂面で写真に映る父の姿があった。

 懐かしい、10年前くらいだろうか。

 僕は僕のお父さんのことを思い出していた。




 _____________


 僕の父親は物静かで、冷たい人だった。

 あまり喋る人でもなかった。

 帰ってきても小さく「ただいま」というくらいだ。

 あまり話した記憶もない。


 今、一体父は何を考えているのだろうか?

 そんなこと見当もつかない。

 そんな人だった。


 でも最近、

 ふと思い出したことがあった、

 お父さんとの思い出だ。

 お父さんがいつも通り帰ってきて、椅子に座った日。

 何気もない日で、何も変わっていなかった。

 その時、僕のお父さんは、何かを食べていて

 そして・・・


 『ああ、美味い』


 と、言ったのだった。

 とても些細な思い出で、しょうもないことかもしれないが、なぜかそれが印象に残っていた。物静かな僕のお父さんが、空を見上げ美味しそうに食べるものだから。


 僕は一緒に机に座っていたし、何を食べていたかちゃんとみていればよかったと思った。


 あの時、お父さんは何を思っていたのだろうか。今になって知りたいと思う。あの仏頂面のお父さんは、どんな人なのだろうか。

 僕は同時に、彼のことを何も知らないのだと気づいた。



 ____


 インターホンの音がして、

 ふと我に戻ると、宅配便が届いていることに気がついた。

 宅配を頼んだ覚えはなかったが、どうやら実家かららしい。


 差し出し元を見る。

 お母さんかな?と思ったが、どうやら違ったらしい。

『父』からだ。


(なんだろうか)

 父がものを送ってくるのは珍しいことだった。

 昔、独り立ちしたとき以来だ。


 中を見てみると

 段ボールの中には、『緑のたぬき』と手紙が入っていた。

 手紙を父からもらうなんて初めてのことだった。

 気になったので、

 まず僕は、手紙を読むことにした。


『息子へ


 元気にしていますか?こちらは何も変わらなく元気に過ごしています。お母さんも息子に会いたいと言っています。好きな時に帰ってきてください。あと、それは餞別です。何か辛い時にはそれを食べてください。


 父より』

 

 短い分に簡潔な内容だ。

 お父さんらしい。

 でも、思ったよりしっかりとした文章だった。

 なめていたわけではないけれど、こんな文章を書けるとは思っていなかった。

 もっとぶっきらぼうな内容だと思っていた。


 僕はふと、もう一つの贈り物に目を向ける。

 緑のたぬき?

 なんだろう。

 餞別とはどういうことだろうか。

 特に理由があるわけではなかったけれど、

 なぜだろうか、

 それに父さんの気持ちが一番込められている気がした。


 でも、それにしてもどうして緑のたぬきなんだろう……

 ふと、時計を見上げると

 今日は大晦日だった。

 気づかなかった。

 最近は忙しかったからか。


(年越しそばに緑のたぬき、か)

 懐かしい想いにふける。

 年越しそばなんて数年食べていなかった。


 早速、おゆを沸かし、

 カップに注ぐ。


 ほかほかとした蒸気が、

 自分の気持ちを落ちつかせてくれた。


 僕はふと思う。

 そういえば、父とはあまり会話をしてこなかった。

 そこにあったのは、小さなわだかまりや気まずさがあったからだが・・・


(だが、年越し蕎麦ということはわかるけど、なんで『緑のたぬき』なんだろうか)


 そんなことを考えていると、僕はふと、昔の記憶を思い出した。

 そうだ、あのとき、父が食べていたのは……。

(そうだった、あのとき、父が食べていたのは『緑のたぬき』だった。)


 父の姿が繊細に脳裏に浮かんだ。

 じゃあ父はあのとき何を考えて緑のたぬきを食べていたのだろうか。

 父はあのとき緑のたぬきを食べながら、僕が今、父のことを考えているように僕のことを考えてくれていたのだろうか……。


 父も僕のことを緑のたぬきを通して考えてくれていたのかもしれない。


 父の『何か辛いことがあったら食べろ』というメッセージを思い出す。


 だから今、父は辛いことがあったら食べろと、渡してくれたのか。


 これは父のメッセージだったんだ。

 父の本当に分かりにくい、小さなメッセージだったんだ。


 そんなの言葉にしてくれなきゃわかんないよ。

 そう思ったけれど、

 でもそれが、父らしいのだと納得できた。


 と、そんなことを思っているうちに

 すでに緑のたぬきができたようだった。


 僕は早々と席につき、手を合わせ、「いただきます」と言ってから箸を持った。

 心に温かい気持ちを浮かべながら。

 僕は早めに食べて、少し固いくらいから食べるのが常だった。


 少し固い麺、それでもあったかい麺。

 僕はそれをゆっくりと口に入れた。


「ああ、美味い」

 とっさに出た言葉。

 ふと、それはむかし、父が言っていた言葉だったことに気がついた。

 少し恥ずかしかったけれど。


 そうか、あの時お父さんはこんな気持ちで『緑のたぬき』を食べていたんだ。

 お父さんのことはあまり知らないけれど、

 でも、今やっと少しだけ理解できた気がした。

 緑のたぬきを手に持ち、空を見上げて言う。


「ごちそうさま、お父さん」


 お父さんからの緑のメッセージ。

 これから、新しい年が始まる。

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