第2話 時神の地

 交差点での怪現象はその後たてつづけに2件発生し、遺伝子解析の結果、それらすべての被害者が同じ会社の従業員とわかり、その辺りの事情を考慮して捜査がすすめられた。


 「なにか心当たりはありませんか」


 「ないね、あったらこっちが教えてほしい」


 任意の聴取に非協力的な態度でのぞむのは、強引なワンマン経営でメディア露出の多い会社の社長で、被害者の雇用主にあたる存在。


 「しかし白昼の交差点で、あなたの会社の従業員が三人もを受けているんです、小さなことでもかまいません、思い出してくれませんか」


 若年警察官の問いかけに足をくんで答える社長。


 「まだ死んだかどうか判明してないんだろ、だから被害者じゃなく被害と表現したんだ、しょうがないよな、ミンチになった人体しか検証できてないんだからな」


 「遺伝子解析の結果は出ていますし、残された体組織と流血の量は致死量に達してます、そして事件事故直前までの生存は映像で確認されています、ほぼそちらさんの従業員と断定しても不足はないかと」


 相手の苦心した言葉を鼻で笑う社長。


 「だからなんだ、仮にミンチになったのが、現在行方不明のウチの従業員だとして、世間のバカどもがウワサする怪現象について、私がなにを知ってるって言うんだ」


 「気を悪くしたなら謝ります、ただあなたは雇用主ですよね、被害を受けた従業員のことは心配にならないのですか」


 「もちろん心配さ、行方不明は有休あつかいで会社が給料を払い続けなきゃならないし、このまま社員が戻って来なければ、人員を補充しなければならない、まったく怪現象のせいで会社はいい迷惑だよ」


 従業員のことより会社の利害を優先する言葉を聞き、怒りで座席から腰を浮かせた後輩の肩に、そっと手をのせるベテラン警部補。


 「わかりました、今日はお引き取りになって結構です、ご協力感謝します」


 うながされて傲然と退出する社長の背中を、警部補と相棒はちがう表情で見送った。



 「ヤスリで削られた?」


 「ええ、全部じゃないし断定はできないけど、一部は確実にヤスリのような物で削ぎ落とされた形跡がある」


 科学捜査研究所の女性所員が滑舌のいい言葉で説明する。


 「私がおかしなことを言ってる、って感じの顔つきね、でも事実だから」


 「君だけじゃない、最初から今回のことはおかしな所だらけで、正直頭が痛いよ」


 おたがい年齢が近く、知ったふうな間柄で話をつづけた。


 「頭が痛いついでに、私の推測を聞いてほしいんだけど」


 「どうぞ」


 「被害者は多方向から衝撃をうけつづけ、時間とともにバラバラにされて行った、しかもよ、打つかったのは硬質なものとは限らない、そして1つでもない」


 「なぜ硬質じゃないとわかるんだい、証人たちの聞き取りを総合すると、一瞬で害者の体はくだけ散ったことになる、そうなると金属で構成された機械かなにかが高速で衝突した、としか考えられないのだが」


 「たとえば自動車とか」


 「むろん、君と同じで断定はしないが」


 白衣を着た所員が首をふる。


 「状況を聞いた範囲では自動車なんか確認されてないし、集められた検体はさまざまな形で分解されていた、その一部に削られたような痕跡があるの、強力な動力源をもつ物体が、一気に衝突し粉砕されたとは考えにくいのよ」


 「わかった、いや、わかってないが、君の推測を聞きたい」


 「打つかったのは恐らく生物、その生物は異常な速度で被害者の体を侵食していった」


 「生物?生身の生物が、携帯すらズタズタにする速度で害者に衝突したと、具体的にどんな生物なんだい」


 どう考えてもつじつまの合わない推測に、慎重な警部もだんだん不機嫌になる。


 「そこまではわからない、後はあなたたちの捜査力しだいじゃない、あからさまに怖い顔されてもねぇ」


 からかうような微笑を向けられ警部補は肩をすくめる。


 「私なんかを怖がる君じゃないだろ」


 「それは心外ね、捜査にのぞむあなたはとても怖い存在よ」


 女性所員から意外な言葉を聞き、居心地の悪さを感じた警部補は部屋をでようとして、忘れていたことを問う。


 「初動捜査でひろった、遺留物がなんだったかわかったのかな」


 女性所員は首をひねって思い出したように。


 「あのハートマークね、花びらよ、季節は秋なのに桜の花びら、それが捜査と関係あるの?」


 否定するように首をふって苦笑いする警部は、そのまま今度こそ部屋を出ていった。



 交差点で発生した怪現象の捜査が暗礁に乗り上げるなか、警部補たちの前に新たな情報提供者が現れ、口外しないことを条件に聞き取りが開始された。


 「ぜったいウチの社長や従業員には内緒にしてくださいよ、バレたら確実に首ですから」


 「安心してください、決して口外はしませんので」


 おどおどする会社の従業員は、出されたお茶を口にふくんでから話し出す。


 「実は今回のことは、取り壊した時神ときがみ様のほこらが関係してると思うのです」


 「ときがみ?」


 従業員や相棒が苦笑いするぐらい渋い顔をする警部補。


 「時神、時をつかさどる神様の祠です」


 「それで祠が今回の件とどう関係しているのですか」


 口を閉ざす警部補の代わりに、横に立っていた相棒があとをうながす。


 「ご存じかどうかわかりませんが、このたびスクランブル交差点の北東地域に、大規模商業施設が建設される予定で、そこの共同開発にウチの会社も含まれいまして、巨額を投資していたのですが」


 「知ってます、老朽化したショッピングセンターの跡地に、新しく建てられるやつですよね」


 「はい、しかし設計上、どうしても祠の区画が開発の弊害になりまして、敷地自体はウチが購入したので、法的には問題ないのですが、祠の管理者と折り合いが合わず、長いあいだ私が交渉していたのです」


 腕ぐみする警部補は口をへの字にしているので、あんがいこの手の話が好きな相棒が、聞き取りを進んで買ってでた。


 「小さいんでしょ、だったら移転すればいいんじゃないですか」


 「私もそう言ったんですが、管理者の方が説明するには、時神様はこの周辺の時をつかさどり、理不尽な理由で動かせばかならず時間の軸がずれ、どんな災いが周辺地域にふりそそぐかわからない、だから動かすには神に対する尊重の念を、形に表さなくてはならない、そう聞きました」


 「形にあらわす?」


 「つまり人の都合で移転を迫るかわりに、神社なみのやしろを清浄な地に建てなければならない、と管理者は要求したのです」


 これには警部も口をひらく。


 「とんでもない手間と金がかかるな」


 「そうです、ウチの社長はもともと神仏に興味がなく、合理的な科学全能主義でして、管理者の話しを聞き激怒しました」


 「この点については私も同感だな、今まで他人の付き合いで神社仏閣に参拝したことはあるが、1度もご利益など感じたことはない、ましてや今回の件が祟りなどと考えたくもない」


 決めつける警部の意見に相棒が疑問をつきつけた。


 「しかし警部、今回の件はどう説明するんですか、捜査本部の合同会議も紛糾するばかりだし、調べれば調べるほど迷宮入りが近くなっていますよ」


 言われて警部補は腕をくみ、また口を閉ざす。そうなると聞き取りは相棒の役目。


 「だから管理者の了解なく、そちらの社長は祠を取り壊したのですか」


 「正確には管理者の方が1年半前に病没したので、それを契機としてお祓いもせずに祠を取り壊し、建設予定地の土の中に埋めたのです」


 「お祓いもせずにですか、ひどいことするなぁ」


 警部補の内心は相棒に同調しなかったが、なんとなくベテランの経験がこんな質問となった。


 「ところで祠の周囲に桜の木はありましたか」


 「桜?」


 従業員は数秒ほど首をひねってから。


 「ああ、ありました、桜の老木が、なぜそのことを?」


 「いや、つまらないことを聞きました、今日は貴重なご意見感謝します、できれば交差点を通らずにお帰りになってください、ありがとうございました」


 警部補は祟りなど信じないと言いながらも、心のどこかに引っかかるものがあり、それを払拭できずにいた。


 


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