19

 ザンクが去った後、チユは暫くその場にいたが、ゆっくりと歩き出した。

 だが、数歩進んだところで足を止めた。


 肌白いチユの手首は、ザンクに強く握られたことにより赤くなっていた。

 赤くなった手首を擦りながらチユは考えていた。


 スランとザンクに言われた同じようなことを。

 二人の言った説得に、何が正しくて何が間違っているのか、それを考えていた。


 それでも答えは見つからなかった。

 同じ孤児院の同性である、メルキィやエリザとも仲良くしたかったが、結局は孤立してしまった幼少期から現在まで。


(私は他の子達と違うの?)


 感受性の違いに不安を抱え、なるべく会話をする事を避けてきたチユ。

 大人になった今でもそれは変わらない。

 顔色を窺ってもそれが読めないチユ。

 いつからか、困ったような表情で笑う事が多くなっていった。

 そんな不安気な表情で笑うチユをスランは愛おしく思った。

 その反対にエリザは、チユの苦笑に苛立ちを覚えるようになっていった。

 それは単純に、チユを気に掛けるスランに対しての嫉妬からくるものだが、エリザはチユが計算でその表情をしていると誤解している。


(私がしていることは・・・・間違っているの?)


「分かんないよ」


 小さく独り言を呟いた。

 それからすすり泣くチユ。

 スランとザンクに嫌われたと思い込み、落ち込んでいる。

 

(皆・・私から離れていく)


 ノックヴィルの住人を何人も殺めてしまった事よりも、仲間達から嫌われた事の方が辛かった。

 望んで孤立を選んでいたチユであったが、それでもショックは大きかった。


 フリーラインを出て、およそ二時間。

 この二時間弱の間に、チユは13名もの命を奪った。


 殺めてしまった者達への罪悪感や恐怖はチユには無いに等しかった。

 やりたくないという気持ちはあるものの、使命だから仕方ないと思っていた。


 マークに言われ、使命に従う。

 ただ、それだけであった。

 チャリー夫妻に信頼を寄せている孤児院の子供達だが、いつしかそれは、信頼から洗脳へと変わっていったのである。

 人を殺すことをしたくはないチユであるが、フリーラインのしきたりであるチャリー夫妻の命令は絶対という掟により、チユは従っていた。

 チユだけではなく、他の者達も絶対の命令に縛られている。


 チユが命令に嫌悪する事は幼少から幾度とあった。

 最初の兆候は12歳になったある日、マークに部屋へ呼ばれる日々が続いたことだった。

 部屋に招き入れ、チユの身体を無言で触る日々。

 チユは一度尋ねたが、マークは「身体に異常がないか調べているだけ」と答えた。

 

 体よく身体検査と偽り、徐々にエスカレートしていくマークの行動にチユは嫌々ながらも耐えていた。


 チユの表情は曇っていった。

 13歳になったある日、最初にマークに部屋を呼び出されてから1年が経過しようとした頃、耐えられなくなったチユは、マークを拒絶する行動に出た。

 その時のマークの表情が今でも頭に浮かぶ。

 何度も何度も両頬をビンタされたチユ。


「私に逆らうとこうなります」と鬼の形相でチユを叩いたマーク。


 泣きながら「止めて」と「痛い」を連呼するも一切止めないマーク。


 痛い、怖い、辛い。


 そんな思いは二度としたくない。


 定期的に訪れるマークへと献身。

 14歳になった頃にはマークの部屋へ入った途端、自ら服を脱ぐ術を覚えた。

 率先して服を脱ぐとマークは満面の笑みを浮かべ、チユを弄んだ。


「ハァハァ・・気持ち良いだろ?」


 鼻息荒くマークは聞いてくる。


「うん」


(気持ち悪い・・・早く終わって欲しい)


 そんな風に考えることが増えていった。

 行為が終わると、いつもマークは優しかった。

 抵抗さえしなければ、命令に従いさえすればマークは優しい。

 それがチユを、こんな性格にしてしまったといっても過言ではない。


「お前は本当に可愛いなぁ」

 

 チユの髪を嗅ぎながらマークは言った。

 最初の頃は、エリザ、メルキィは呼ばれないのに、どうして私だけ?という思いでいたチユ。

 その疑問は今でも解消されていない。

 直接マークに聞く勇気も無かった。


「本当?ありがとパパ!」


 そう返すとマークは喜んだ。

 チユはマークが喜ぶような言葉を選ぶようにした。


(嫌だけど・・・私は間違っていない)


 そんな風な思考になっていった。

 マークの使命にここで叛くと、これまでやってきた苦痛な日々が無為になると思っている。


 誰にも打ち明けられず、辛くて苦しくて思い出したくもない過去に縛られ、それがチユを歪ませていた。


 神獣マゴノテを呼び出す。

 


「・・・マゴノテ」



各々が好きな名前を神獣に付けるなか、チユは特に浮かばなかった。

 14歳になった頃まで名前の無かったチユの神獣。

 ある日、いつものようにマークに部屋へ呼ばれ、行為が終わった後にチユはある物を見つけた。

 

「パパ、この棒は何?」


「それは孫の手だよ」


 そう言って、手に持った物が孫の手だった。

 マークに背中を掻く時に使う物だと教えられた。


「まご・・・のて?」


「そう。孫の手だよ」と言ってチユの頭を優しく撫でるマーク。

 

 孫の手という名前が何故かチユは気に入った。

 その出来事が、神獣の名前を決めた理由だった。


「私は・・間違って・・・ないよね?」


 マゴノテは答えない。

 それも分かった上でチユは再度続ける。


「命令は・・絶対・・・でしょ?」


 マゴノテは大きな目玉をギョロギョロと左右に動かすだけであった。

 

「命令は絶対だ!」


 チユの背後から返答があった。


 振り向くと、服が血まみれのオルガが不敵な笑みを浮かべ、そこに立っていた。

 


 

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