18

 チユはゆっくりと立ち上がった。

 ハザトの腹を深く刺した腕を抜き取る。

 即死のハザトはそのまま地面へ倒れた。


「チ、チユ?」


 呼ばれ、腰を抜かしたザンクの方へ視線を向けるチユだが、その表情に精気は無かった。


(生きているのか?)


 探るようにザンクは尋ねた。


「だっ、大丈夫・・・なのか?いや、その・・・」


 混乱が隠せないザンク。

 今起きている状況の理解に苦しみ、テンパった様子である。


「ザンク?」


 木の茂みから聞き覚えのある声がした。

 ガサガサと草をかき分け、現れたのはチユであった。


「えっ・・ちょっー」


 振り返り、ハザトを刺したチユを見ると、グネグネと形を変え、球体に変形した。

 それはチユの神獣マゴノテであった。


 マゴノテは変幻自在に形を変える事が出来るのは、孤児院の子らは皆が知っていた。

 だが、人の姿、皮膚、髪型、あらゆる部分まで瓜二つに変える事が出来るとは思っていなかったザンク。


「そ、そんな事・・出来んだ」


 肩透かしな返事をするザンクに小さく「うん」と返すチユ。


 少しだけ冷静さを取り戻したザンクであったが、チユがハザトを躊躇なく殺した事実に恐怖を感じた。

 それが使命と理解しつつも受け入れがたい真実。


 暫くの沈黙の後、ザンクは苦笑混じりに返す。


「チユは・・その・・・怖く・・ないのか?」


「怖い?」


「人を・・そのー、こ、殺すことに」


「それが私達に与えられた使命だから」


「だ、だけどさ?」


「スランにも同じようなこと言われた」


「スランに会ったのか!?あいつ、今どこにいるんだ?」


「分かんない」


「どうして一緒にいないんだ?」


 ザンクの問いにチユは悲しげな表情になった。


 瞳孔が開くザンク。


「まっ、まさか・・殺したのか!?」


 首を傾げるチユ。


「なんで私が?」


 チユの問いにザンクは何も返さない。

 というより、返せないでいた。


 暫くの沈黙の後、、、


「どこに行くんだ?」


 勝手に歩きだしたチユの腕を咄嗟に掴んだザンク。


「離して」


「お、俺と一緒に・・いようよ」


「どうして?」


「一緒に行動した方が、そのー・・あっ、安全だろ?」


 チユは口に手をあて、クスりと笑って答えた。


「怖いのね」


「ち、違うよ!」


「私は一人で大丈夫」


「大丈夫・・・って、まだ、だ、誰か殺すのか?」


 小さくため息を吐くチユ。


「この村の住人を全員やらないといけないじゃない?」


「そうだけど!!おかしいと思わないのか?」


「分からない」と返事するチユにザンクは舌打ちをした。


「お前、おかしいだろっ!?」


「私が?・・なんで?」


「分からないとかじゃなくて、少しは自分で考えろよ?村の人は良い人ばかりだったじゃないか?使命とか・・そんなもんより自分の気持ちに正直になれよ?」


「・・正直」


「そうだ」と頷くザンク。


「私は使命に従う」


 そう答えたチユに、ザンクは手を離した。


「お前・・・・頭おかしいぞ?」


「使命に従わないザンクの方がおかしいよ」


 ザンクは無惨に横たわるハザトを見つめ答えた。


「確かにさ、この人は俺、苦手であまり関わりたくない人だけど・・それでも殺したいとか、そんな思考にはならない!」


 チユは首を傾げた。


「相手が誰とか関係無いよ?」


「俺達に!!・・チユに良くしてくれた人もいっぱいいただろ!?そんな人達もお前は殺すのか!?・・いや、殺したのか?」


 ザンクは感情的に叫んだ。

 それにチユは怖くなって一歩後退する。


「こんなの間違ってる!!分からないのか!?」


 チユは俯いて呟いた。


「分からない」


 幼少の頃からのチユの口癖「分からない」にイライラするザンクは再びチユの腕を掴んだ。


「い、痛い!」


「ふっ、ふざけんなよお前!!」


「離してっ!」


「誰も殺すなチユ!!分かったか?」


「分かんないよ!」


「あぁ!?」


 ザンクは勢いよくチユの腕を引っ張った。

 

 その直後ーー



「お、おい!?」


 チユの神獣マゴノテが鎌のような姿に変形して、ザンクの首もとへ向かった。


「離してくれないなら首が飛ぶよ?」とチユはザンクを睨みながら言った。


「お、俺も・・こ、殺すのか?」


「離してくれないなら」とチユは答えた。


 ザンクは掴んだ腕を離すと、チユを睨みつける。

 互いが睨み合い、ザンクは地面に唾を吐いた。


「お前・・頭イカれてるわ」


 捨て台詞を吐いてザンクは歩き出した。


 何も言い返さず、チユは俯いたままであった。


















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