15

 後方からの声に振り向くと、森林の中からオルガが姿を現した。


「あぁー、無事だったのかい?」


 嬉しそうに笑って駆け寄ろうとするカルメンの手を引っ張って静止させる。

 きょとんとするカルメン。

 スチルは咄嗟にカルメン達の前に出た。

 下を向き、両手を広げるスチル。


 オルガはそれを夫婦を庇っているように見えた。


「何考えてんだお前?」


 悟ったように尋ねるオルガ。


「一緒に逃げようオルガ!」と、グリムが声を掛けるも無視して続けた。


「お前が殺らないなら俺がやるぞ?」


 スチルは何も答えない。

 オロオロと怪訝な顔をするグリムとカルメン。


「け、喧嘩かい?」とグリム。


 それを聞いてカルメンが続ける。


「今は逃げるのよ!?・・・さ、急いで?」


「エンドレス」と小さく呟くオルガ。


 それを聞いてスチルも叫んだ。


「モース!!」


 上空にいたモースは急降下でスチル達のいる森林まで飛んできた。

 オルガの前に瞬間的に姿を見せるエンドレス。


「ばばば、化け物っ!!!」


 急に現れたモースとエンドレスに声にならない悲鳴を上げるグリム。

 グリムが叫んだ次の瞬間、カルメンがスチルの腕を引っ張った。


「な、何?」


 咄嗟の事に動揺するスチル。


「走るわよっ!」


 カルメンは力強くスチルを引っ張り、走り出そうとした。

 状況を飲み込めていない為、無理もないがスチルからすれば迷惑である。


「オ、オルガも!一緒に逃げよう!!」


 慌てながらもグリムは手を振って叫ぶ。


 だが次の瞬間ーー


 エンドレスは俊敏な動きでグリムの目の前に立ち塞がり腕を振り上げた。

 カルメンに腕を引っ張られ、反応が遅れてしまったスチルは手を振りほどき叫んだ。


「モース!!」


 だが、間に合わなかった。

 

 エンドレスは高速で腕を振り下ろした。

 ぐしゃりと鈍い音がした。


 グリムは顔を潰され、そのまま地面へと倒れた。

 

「ああ、あなたー!!」

 

 走り駆け寄るカルメン。

 頭部は原型を留めておらず、誰が見ても死亡している事は明白であった。


 雨に混じり、グリムの血が周辺に広がる。

 向こうから近づいてきたカルメンに再度腕を振り上げるエンドレス。


「行けっ!」


 スチルが叫ぶと同時に、モースがエンドレスに回転しながら突進する。

 エンドレスはそれを軽くかわし、オルガはスチルを睨んだ。

 神獣の行動は、その宿主の意思によるもの。

 スチルは悲しい表情を浮かべ、モースに次なる指示を出す。

 

「レーーーーーーー」


 エンドレスは泣きそうな顔で両手両足をバタつかせている。

 それはモースの超音波による攻撃であった。

 奇怪な鳴き声のような不快な音。

 距離を空けるようエンドレスに指示を送るも、エンドレスはバタバタと慌てた様子である。

 モースの超音波を直撃した者は、激しい混乱状態に陥るようだ。

 オルガ自身は離れている為、効果は無かった。

 スチル自身も初めて使う技で、それを知り得てなかった。


「エンドレス!!」


 言うことを聞かないエンドレスに向かってオルガは叫ぶ。

 エンドレスは混乱状態に陥りながらも数歩下がり、距離を取った。


「・・・なんのつもりだ?」


 オルガが冷たく尋ねる。

 それにスチルが答える前にカルメンが叫んだ。


「ああああー」


 横顔でしか確認が取れないスチルだったが、それに気づいた。

 カルメンの耳からは血が出ていた。

 急いで駆け寄るスチルだったが、カルメンを見て絶句する。

 カルメンの目、鼻、口、耳からドクドクと血が流れていたからだ。

 モースの超音波の範囲内にいたカルメンは、それを直接受けてしまった。

 人間が超音波を喰らうと、身体中のあらゆる場所から出血するようだ。

 当然スチルは初めての使用な為、それを知るはずは無かった。


 守ろうとしていたのに、自分が危害を加えてしまった事にショックを受けるスチル。

 警戒しつつもゆっくりとスチルの方へ歩いてくるオルガは、小馬鹿にした笑みを浮かべた。


「あぁーあーぁー」


 叫ぶカルメンを見て笑っているオルガ。

 自分の行動が招いた結果に絶望するスチル。


 エンドレスは正気を取り戻し、目をパチクリと瞬きさせている。

 正気に戻ったと宿主であるオルガは認識する事が出来た。

 そのまま小走りにカルメンの前に立ち、再び腕を振り上げるエンドレス。


「やっ、止めろ・・よ」と弱々しくスチルは言った。


「楽にさせてやろうぜ?」


 それを聞いてスチルは何も言い返せないでいた。


 膝をつき、カルメンの手を握るスチル。


「ス、スチル・・・かひ?」


「うん」と答えるも鼓膜が破けて聞こえないカルメン。


「私のこほは・・いいから・・ふはりで逃げるん・・らろ?」


 聞き取れないカルメンの発言だが、スチルとオルガを心配して言った言葉だと理解し、大粒の涙を流すスチル。


 僕達の事をどうしてここまで気にかけてくれるのだろう、どうしていつも優しくしてくれるんだろうと不思議に思っていたスチル。


 それをもう聞く事は出来ない。


「や、止め・・・てよ」


 弱々しく頼みこむスチル。


 ケタケタと笑いながらカルメンの頭部に拳を振り下ろしたエンドレス。


 グリムと同様に鈍い音がした。

 カルメンもまた即死となった。

 

 びちゃっとカルメンの血がスチルの顔にかかった。

 その血を拭い、立ち上がってオルガを睨みつけるスチル。





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