14

 目的もなく漠然と歩く三人。


 その様子を神獣を通し見ている者がいた。

 白のバンダナを巻いた双子のスチルである。

 空を飛べる神獣はスチルのモースとダウトのフェニックス。

 それと形を変幻自在に変える事の出来るチユの神獣マゴノテの三体。

 

 飛行型神獣であるモースの特徴はその眼にある。

 スチルの神獣モースはノックヴィル全体を見渡せる程である。

 

 人の気配を瞬間的に察知するモースの目。

 死角に隠れても無意味である。

 全体を把握し、どこに誰がいるかを可視化する事が出来る。 

 

 スチルは神獣を使ってなにをする訳でも無く、上空にモースを飛ばしているだけであった。

 ノックヴィルの住人は、隠し持ったナイフで刺し殺していた。

 住人からすればスチルのような少年が、そんな事をするとは微塵も考えていない為、油断させてから殺していた。

 このやり方で、これまでに5人の住人を殺めている。

 感情を殺し、黙々とチャリー夫妻の指示通りに遂行している。


 訪れたのノックヴィルのパン屋。

 幼き頃から、ここのパンが大好きだったのは、食べる事が大好きなキュラミスと双子のアルミとスチル。

 双子はお互いが、甘いベーグルがお気に入りだった。

 入り口の前に立っているスチルは目を閉じる。

 モースを使い、パン屋の住人を認識する為だ。


 パン屋のカルメンと、その主人であるグリムは既に逃げ出していたが、スチルはパッと目を見開いた。


 店の裏口からこちらへ向かってくるカルメンとグリム。


(なんで?)


 スチルが首を傾げると同時に、二人は走って裏口から出てきた。


「ス、スチル!?」


 驚く二人にスチルは無表情のままでいる。


「何してんの!村に変な怪物がいっぱい現れて・・逃げるのよっ!!」


 焦って早口で説明するカルメン。


「そうなんですか?」と、とぼけるスチル。


「あんた達が心配で、もしかしたら逃げ遅れたんじゃないかって思って戻って来たのよ!」


「・・・・心配」


 小さく嘯くスチル。


「話しは後!!行くぞ!?」


 手を大きく振ってグリムは言った。

 スチルは、黙って二人に付いていく事にした。

 様子見もあるが、先ほど言ったカルメンの言葉が引っ掛かった。


「ハァハァ・・それで、他の子達はどうしたんだい?」


 路地裏を走りながらカルメンが尋ねた。


「分かんない」と答えるスチルに悲しげな表情を浮かべるカルメン。


「心配・・・だね」


 どう返したら良いのかが分からないスチルは何も返せなかった。


暫く道なりを走って、草木が茂る森林周辺へとやって来た。

 そこにはノックヴィルの住人の見るも無惨な死体が、あちらこちらに広がっていた。


顔が潰された死体が多いことから、直ぐにオルガの仕業だとスチルは見抜いた。

 オルガの神獣エンドレスの拳は、殴れば大木を倒す事も可能であり、圧倒的な破壊力がある。

 

 その強大な力を人間相手に使用している。


「これは、ひ、酷い・・・な」


 グリムの一言にスチルはピタリと止まった。


「まだここら辺は安全じゃないのよ?走るわよ!」


 カルメンが促すがスチルは下を向いている。


「どうしたんだい?」


 尋ねられスチルは答えた。


「・・なんでワザワザ戻ってきたの?」


 首を傾げるカルメンとグリム。


「僕達の事なんかほっといて逃げたら良かったでしょ?戻ってきたら殺されるかもとか考えなかったの?」


「そ、そりゃ心配だからだよ!?」


 両手を広げグリムは言ったが、スチルは下を向いたままであった。


「なんで毎日・・パンを持ってくるの?」


「なんでって・・・ー」


 カルメンの言葉を遮りスチルは叫んだ。


「毎日毎日毎日毎日!!面倒だなぁとか思わなかったの?パパやママに頼まれたの?違うでしょ!?」


「んー・・今は、それどころじゃないだろ!!とにかく今は逃げる事だけを考えるんだ!なっ?」


 早口で宥めようとするグリムであったが、カルメンは悲しげな表情で答える。


「もしかして・・・・迷惑だったかい?」


「迷惑とかじゃなくて・・ー」


「ウチのパンが美味しくなかったかい?」


「そ、そんな訳ないよ!!」


「あぁー、それじゃ、毎日パンばかりで飽きちゃったかな?」


 苦笑気味にカルメンが言ったが、スチルにはその表情が辛くなった。


「そんな・・・じゃない」


 ボソりと呟くスチルに聞き取れない二人。

 雨も小雨程度だったのが強くなっていく。

  

「とにかく!!今は走ろう!」


 グリムがそう言うと、カルメンはスチルの手を握って答えた。


「また美味しいパンを作ってあげるね!」


 スチルが顔を上げると、カルメンははにかんだ笑顔を見せていた。

 不安がらないように微笑んでいるカルメン。

 それが分かっているからこそ、余計に悲しく感じるスチル。


 カルメンの手が温かい。

 スチルは泣きそうになり、それがバレるのが嫌でまた下を向いた。


(殺し・・・・たくない)


 スチルにとっては初めての感情だった。

 チャリー夫妻の命令に従わない事は出来ないが、それでもカルメン夫妻を殺めるのには抵抗を感じるスチルであった。


「さぁ、行くわよ?」


 カルメンがスチルの手を引っ張り、走り出そうとしたその時ーー


「スチルか?」

 

 

 

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