9

 マゴノテが目を開けると巨大な眼球が宙を浮いているように見える。

 変幻自在にマゴノテは形を変える事が出来、刃物の形に変え、少女の心臓を貫いたのだった。

 神獣は使い手の意志でしか動かない。

 チユの意志によりマゴノテは少女を殺した。


「な、何やってんだよチユ!?」


「何って・・・ただ使命に従っただけ」


 自然に悪びれた様子もないチユの言動にスランはうろたえる。


「いや、そ、それは・・間違ってるよ!」


「間違い?」


 首を傾げ尋ねるチユ。


「と、とにかく!!もう・・・人を殺すのは止めてくれ!・・・な?」


 困り顔で説得する様子にチユも困った表情をする。

 その表情を見て、焦りつつもスランは説明した。


「やっちゃいけない事は・・分かるだろ?」


「それは・・・・・うん」


 こくりと小さく頷くチユ。


「もう絶対に・・絶対に、人を傷つけたりしないと約束してくれ」


「パパとママに逆らうの?」


「そう・・じゃないけど・・・」


 うつ向いて言葉を探すが見つからない。

 

「助け・・・て」


 二人が身を潜めていた背後から掠れた声がした。

 振り向くと赤ん坊を抱えた女性が、こちらに近寄って来ていた。

 女性はヨロヨロと足を引きずっていて、泣きながら助けを求めていた。


「だ、だ、大丈夫ですか?」


 直ぐに駆け寄るスランだったが、女性は血を吐いて倒れかかった。

 

「がっ・・ー」


 慌てて赤ん坊を手に抱くスラン。

 目を見開き、チユに視線を向ける。


「や、止めろ!!」


 チユの神獣マゴノテが、母親の脇腹を刺していた。

 鋭利な刃物のような形に変え貫いていた。

 先ほど殺した少女と同じ手法をとったチユ。


 口から血を吐き、「この子をお願い」と掠れた声で母親は言って倒れてしまった。

 悲しい表情でチユを見つめスランは言い直す。


「本当に・・お願いだから止めてくれ」


 スランのその表情を見てチユもまた暗い顔をする。

 悲痛な顔をするスランがチユにも突き刺さった。


「私だって・・やりたく・・・ない」


 それでもマーク夫妻の言いつけだけは守らないといけないとチユは考えている。


 どちらが正しくて、どちらが悪いという考えを持とうとしないチユ。


 周囲のざわめきは一層酷くなっていく。

 赤ん坊を抱き抱えたままチユのもとへ小走りで駆け寄るスラン。


「レオンを探そうと思う。ついてきて欲しい」


 チユはコクりと頷いた。


 瓦礫が崩れた周囲を歩む中、上空ではスチルの神獣モースが円状に飛び回っていた。

 眼光鋭く周囲を見渡している。


「こっち」


 指をさすチユの方向は密集した民家の路地裏。

 

「うん。行こうか」


 再びチユの手を繋ぐスラン。

 内心はドキドキしているが複雑な気持ちもあった。

 もともと内気なチユの先ほどの行動がショックだった。

 勝手な片想いながらも、チユを守ってやりたいと幼少の頃から思っていたスラン。

 薄暗い路地裏をゆっくりと歩く。

 

「うっ」


 路地裏を抜けた先に地面に倒れている人がいた。

 声を掛けるも応答は無い。

 施設で一緒に過ごした仲間達が、マークの指示を素直に従うのが苦痛に感じるスラン。

 特にチユに対して恋心を抱くスランは、もどかしい気持ちでいっぱいだった。

 抱えた赤子は暖かった。

 人の温もりが余計に重く感じる。


 チユに分かって欲しい。

 人の命の大切さを・・・・


 レオンの家の近くまで来ると、ゆっくりと歩くスラン。

 

「チユ・・・この子を抱いてみて?」


 スランがそう言って、チユは黙ったまま赤ん坊を両手に抱いた。


「・・・可愛い」


 小さく呟くチユ。


「そうだろ・・・だから・・・」


 深刻な表情でスランは諭そうとする。

 それを分かってか、チユはコクりと頷いた。


「僕が預かるよ」


 赤ん坊を再びスランが抱えた。


「人の命は・・こんなに暖かいんだ」


 小さく呟くスラン。

 黙ったままのチユだが小さく頷く。

 本当に分かってくれたのだろうかと疑ってしまうスラン。

 もどかしい気持ちを抱えながら、レオンのもとへ向かった。


 瓦礫で崩れた民家一帯の中にレオンの家はある。

 周辺は焼け野はらと化していた。

 周囲から煙と異臭。 


「レオン?レオンいるかぁ!?」


 応答は無い。

 おそるおそる歩くスランだったが、何かに躓いてこけそうになった。


「うおっ!」


 反動でチユと手が離れたが、なんとか体勢を立て直した。

 スランは踏んだものを見て目を大きく見開いた。


「レ・・・オン?」


 焼死していたのはレオンだった。

 全身真っ黒に焼け焦げてはいたが、顔の方の外傷はそれ程傷んでいなかった為、レオンだと認識出来た。


「う、嘘・・・・だろ?」


 ガクりと膝をつくスラン。

 

(これは本当に現実に起こっている事なのか?)


 夢だと信じたい気持ちになるスラン。

 施設で育ったスラン達に優しく振る舞うレオンを兄のように慕っていた。

 スランは特にレオンと仲が良かった為、ショックは大きい。


(狂ってるよ・・・・)


 



 



 

 

 



 










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