5

 翌年ー


 少年少女らは18歳になり、大人への階段を一歩進んだ。


 マークは皆を施設の大広間に集め唐突に注げた。

 その発言にざわつく一同。


「これから皆さんにはノックヴィルの住人を殺してもらいます」


「えっ!?」


 告げた言葉に耳を疑うスランは聞き直した。


「ですから、ノックヴィルの住人を一人残らず殺してきて下さい」


 聞き間違いではない。


「な、なん・・・でですか?」


「それがあなた達の使命だからです」


 言ったマークの表情は穏やかであった。

 ざわつく一同にマークは手をパンパンと叩いて静止する。


「私情は捨て使命を果たして下さい。必ず全員を殺して下さい。逃げようとする者も容赦なく殺して下さい」


「で、出来ません!!出来る・・訳ないよ?」


 ザンクは立ち上がって叫んだ。

 そんなザンクにマークは表情を変えずに返す。


 「いいえ、必ず出来ます、あなた達なら!」


 「む、無理だよ・・・出来ないよ」


「出来ないじゃないです。やるんです」


「こ、殺したくない!!」


ザンクは体を震わせ叫ぶ。


勇気を出して叫んで暫くの沈黙。



「・・やるんだよ」


 マークは低い声で言った。

 ピリピリとひりつく大広間。

 今まで聞いた事の無いマークの声音に空気が変わる。

 その隣にいるカレンは無言でいる。


「ママは・・そのー、ど、どう思ってる・・・の?」


 恐る恐るといった様子でエリザが顔色を窺う。


「勿論、私もパパと同じ気持ちでいますよ?」


 やんわりとした口調でカレンは告げる。

 その後でニコリとエリザに向かって微笑む。

 不気味で有無を言わさないその笑みにエリザは萎縮する。


「いつから?」


 唐突に聞き慣れない声。

 オルガが問いかけたからである。

 普段、滅多に喋らない無口なオルガの問いにざわつく一同。


「夕飯を終え、暗くなったらその時に」


 マークは答えた。


「分かった」


 オルガは小さく呟いたが、その直後、


「お、おかしいよ!!なん・・何でだよっ!?」


 スランが立ち上がって叫んだ。

 両手を広げ、皆の注目を浴びる。


「こんなの!絶対おかしいだろ!?」


 素直に従うオルガに焦りと戸惑いを隠せないスラン。

 このままでは皆がマークの言う通りに実行しかねないと感じた。

 それには理由があり、孤児院のルールにパパとママの言う事は絶対といった掟がある。


「パパもママもおかしいよ!?どうしてそー・・・」


「神獣を出しても良いのですか?」


 スランの説得を遮り、問いかけたのは、皆のまとめ役のダウト。


「勿論。このような時の為に神獣はあなた方に仕えているのですから」


 そう告げるマークにスランは睨みつけた。

 神獣は幼少の頃、災いから護ってくれる守り神だとマークから聞かされていたからだ。


「んー、何ですかその目は?」


 鋭く射るような視線をスランに向けるマークに、若干躊躇しそうになったが、スランはグッと堪えて言い返した。


「し、神獣は僕達の守り神だとパパもママも言ってたでしょ?」


「そうですよ。あなた達に降りかかる災いから護ってくれる大変ありがたい存在です」


「だったら!!人を・・・殺める為に使うのは変じゃないですか!?」


 スランの主張にマークは小さくため息を吐いた。


「それではスランはここで残っていたら良いですよ」


 呆れ気味な口調にスランは言い返した。


「ほ、他の皆も!!」


 叫んだスランだったが誰も返事をしない。

 孤児院内でのチャリー夫妻の言う事は絶対厳守だからである。

 揺らぐ気持ちを抑える者、反論出来ずにただ黙る者、単純に命令に従う者、様々な思惑がそこにはあった。


「ノックヴィルの住人は我々を除くと139名います。各自速やかに殺してきて下さい」


 スランを無視してマークは言った。

 それにカレンも続いた。


「手段は問いません。どんな方法であれ、殺してしまえばそれで結構です」


「皆っ!!話しを聞くなよっ!!」


 スランは叫んだが次の瞬間-ー


「うっ、うわぁ」


 ダウトの神獣フェニックスに襟を掴まれ、宙に浮くスラン。


「ダウト!!は、離せよ!?」


 必死に抵抗するスランだが、ダウトは天井付近までフェニックスを移動させた。

 

「離しなさいよダウト!!」


 心配したエリザがダウトに向かって叫んだ。


「今離したらスランは危ないけど?」


「お、降ろして!」


 エリザのお願いにダウトは上を向いて告げる。


「黙るって誓えるかスラン?」


「はぁ!?ふざけんなよ!」


 反論するスラン。

 ダウトはエリザに向かってやんわり微笑んだ。


「これじゃ、降ろせないね」


「いい加減にしなさいよ!!」


「いい加減にするのはどっち?」


「怒るわよ?」


「既に怒ってるでしょ」


 ダウトの落ち着いた口調に苛立ちを隠せないエリザ。


「降ろせって言ってるでしょ!?クソメガネ!!」


「君は本当に沸点が低いよね?」


 舌打ちをしエリザは叫んだ。


「マメちゃん!!」


 告げて現れたのはエリザの神獣マメ。

 人魚の出で立ちの人型神獣である。

 全身青色に輝くエリザの神獣は口を大きく膨らませた。


「何?やる気?・・・君が?」


 小馬鹿にした口振りのダウト。


「黙れクソメガネ!!」


安い挑発に簡単に乗るエリザだったが、


「かはっ」


 背後からスチルにより後頭部を突かれ、気絶してしまうエリザ。

 スチルによる手刀による気絶。

 これも人体構造の勉強により得た技術である。

 エリザの神獣マメもフッと消えてしまった。

 ドサッと倒れこむエリザにチユとメルキィが駆け寄った。


「な、何してんのよ!?」


 スチルに向かって叫ぶメルキィだったが、悪びれた様子もなくスチルは言った。


「こうしないとエリザが危なかったから・・」


 スチルの言う事に不満ながらも納得してしまうメルキィ。

 頭も良く運動神経抜群のダウトにメルキィだけではなく他の者も一目置いているからだ。

 神獣に至ってもフェニックスは他の者よりも優秀で強かった。

 対人戦となればエリザが危ないのはメルキィ自身も分かっていた。


「だ、だからって・・・」


 涙ぐむメルキィにスチルは追い討ちをかける。


「その涙は何?僕がエリザを気絶させたから?それで泣いているの?」


「うるさい黙れっ!」


 10歳位までは仲の良かった二人だったが、ある日を境に殆ど会話をする事が無くなっていた。


「メルキィのその感情は偽善だよ?」


「お前に何が分かる!」


「あの日の事を怒っているの?・・・だとしたら今は関係無いよね?」


「もう・・黙っでよっ」


 弱々しく呟きメルキィは泣き出した。


「泣けば解決すると思ってる?」


 そんなメルキィに追い討ちをかけるように怒涛の質問責めをするスチル。

 何の返答も無いメルキィに対し無表情で親指の爪を噛むスチル。

 エリザをギュっと抱き締めながら泣きじゃくる姿を、爪を噛りながらジーっと見つめていた。















 





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