九 学園外のエンプレス

 たまの日曜日には自転車でお出かけする。

 僕だってショッピングモールに入っておしゃれな店にだって──嘘ですその横を通り過ぎて書店コーナーに行くのがお決まりのコースです。

 

 もちろん独りですよ。ええ独りですが何か?

 しょうがないじゃないか。

 友達もいないし休みの日なんて家でゲームするか、お出かけするとしてもこういうところしかないんだよ。それに本を買ってたら服とかそのへんにかけるお金なんて、残ってるわけがない。


 典型的な地方オタクしぐさですね、はい……


 日頃から本に埋もれた学園生活を送っているにもかかわらず休日にもさらに本を見に行く。

 やっぱり借りると買うのとじゃ全然安心感が違うからね。

 気に入った本はなるべくずっと手元に置いておきたいし、新刊で気になった本はいち早く手に入れたい。もっとも、お小遣いも限られているから、どうしても図書室にはある程度頼らなきゃだけどね……嗚呼大金を溶かせる大人の財力が恨めしい。


 そういう意味では、はやく大人になりたいものよのお。

 違う意味での大人にも……なりたくないって言ったら嘘だけど……

って、何を考えてるんだ僕は! 


 気を取り直して書店ショッピングをめいっぱい楽しもう。

 ショッピングモールの中にある書店──だからと言ってバカにしてはいけない。

 モールの一テナントとは思えないくらい、そんじょそこらの町の書店よりよっぽど大きいし、岩○文庫なんかも何段も棚を使って取り扱っている。

 これが人の流れの多いところに陣取れる強みってことだろうか。

 あとやっぱり内装がおしゃれ。高級感があふれている。ふらっと立ち寄るだけでもほんと楽しい。


 さて、そんな書店コーナーの中でも、最近は新書──文庫よりは大きいけど、薄くて持ち運びに優れた本──のコーナーを集中して見るようにしている。

 というのも、新書には手頃で入門にぴったりな歴史の本がけっこういっぱいある、と気づいたからだ。

 ここしばらくはなにやら新書の世界では日本史ブームらしいんだけど、そのあいまに世界史関連の本も定期的に出ている。

 

 その中でも多いのが中国史だ。

 新刊の並んだ棚を見ると……

 なになに、今月の新刊、『古代中国の24時間』……

 これはもしかしたら彼女の生きた時代のリアルを知る一助になるかも……

 

 などとめぼしい本がないか物色していたところ──



「お、神室かむろくんじゃない。休日でもお勉強のために本を買いに? 精が出るねぇ」

「あ……福井先生」



 福井ふくいめぐみ先生。

 僕のクラスの担任にして、『皇女』の保護者──つまり福井ふくい珠々しゅしゅちょう珠珠しゅしゅであることを知っている人だ。

 見たところ先生は一人。『皇女』とは一緒じゃないみたいだ。

 まあ僕は避けられてるみたいだし、そのほうが都合がいいかもしれない。


「中国史の本? なかなか選ぶセンスいいじゃない」

「あはは……ど、どうも……」

「堅いよ、堅い。うちのクラスの子なんだから、もっとなんか遠慮なくきてくれるくらいでいいのに」

「は、はぁ……」


 ……そう言われましても……我生来のコミュ障ぞ。

 特に女の人とはうまく目を合わせて話せない。それは先生だろうと例外じゃない。というか改めて見ると先生本当に僕らと大して歳変わんないし、『皇女』と並んでても遜色ないくらいの美人だし……むしろ余計緊張するというか……


「……もしかして、それも珠々のため? なのかなー?」

「はぅあ!?」

「あっ、やっぱりー。神室くんは本当にわかりやすいなあ」

「……そ、そんなですか……」

「そうだよー。仲良くしてくれようと、知ろうとしてくれてるんだね。珠々のためにありがとうね、本当に」

「い、いえ……むしろ僕なんて……そ、そういう先生はなんのためにここに来たんですか」

「ん? 私? 私は珠々に合う服がないかって探しに来たのよ。あの子にももっと、なんというか……女の子の恰好をしてほしくてね」

「え……? ふだんどんな服を着てるんですか?」

「いやー、あの子本当に着れるものならなんでもいい、って感じだから。ほんとテキトーよ」

「え、そうなんですか? 意外です。普段からものすごく優雅なものを着てるのかと……」


 普段制服しか見たことないからなあ。

 なんというか、ものすごく意外だった。

 

「というよりは、無理してそういうのを我慢してる、って感じかな」

「……?」

「ほら、あの子は贅沢をした側だからね」

「あっ……」


 なるほど……

 『皇女』──趙珠珠が以前生きた、『そう』の徽宗きそう皇帝時代は、皇帝みずから優美な絵画を描いていたことをはじめとして、豪華絢爛な宮廷文化が花開いたことが大きな特徴だって言われてるらしい。

 でもそれは裏を返せば、民衆のために使うお金が皇帝や貴族の贅沢のために流れていた、ということでもある。

 もしかしたら『皇女』はそれがのちの女真族侵略につながったって、おしゃれなどをあえて自分の中で封印しているのかもしれない。


「私としてはもっと自然に年頃のことを経験してほしいんだけどな」

「……」

「あっ、やだなーもう神室くんもマジメさんだなー。そんな深く考えなくたって……──あっ、そうだ!」


 先生の目がこどものようにキラキラしている。

 

「……?」 

「神室くん、これから、ちょっと付き合ってくれない?」


「……え?」



 ──突然裾を掴まれて引っ張ってこられたところは。


「女性服売り場……」

「ちょっとー。10代の若者らしくない表現だなぁ……」


 呆れたようにこぼす福井先生。

 ローからハイのティーンに流行のブランドで、最近このモールに入ったばかりでこの辺の子たちからの注目度も高いそうなんだけど……見渡す限り、同い年くらいの、陽のオーラまとう女子ばかり。明らかに僕は場違いな……


「いや、だってそれ以外の言い方を知りませんから……」

「はぁー……まあファッションにお金を使うくらいなら本を買いたい、って感じだもんね、キミ」

「う……」

「だからこそ、どういうものがあるか見ておいたほうがいいよ。いざという時のために。男一人でこういうの物色してたら変な目で見られるでしょ?」

「はあ……」


 いざという時のため、ってどういう時だ。


「気乗りしてないみたいだねぇ……珠々の服選びならキミにも関係あると思うけど」

「い、いやいやいやいやまったく関係ないでしょう……」

「そうかなぁ? 私にはそうも思えないけど──ほら、たとえばこれなんてどう? あの子に似合うと思わない?」

「いや……どうって言われても……」

「うーん、慣れてない子だといきなり振られても難しいか。じゃあいくつか選んでくるから──ちょっと待ってて!」


 先生は足早に売り場のほうへと飲みこまれていった。

 『皇女』のため、と言いながらも、先生がいちばん楽しんでそうだ。

 数分くらい経っただろうか。場違い過ぎて突っ立ってるのも逆に恥ずかしかったから色々と見て回ることにした。こんなとこ、知り合いの誰にも見られたくないよ──


 

「──!!?」

「……こ、ふ、福井さん!?」



 ……なんて思ってたら、よりにもよってだよ!!

 なんでここに『皇女』が──って思ったけど、そうか最初から先生と一緒にここに来てたってことだよなぁ……


 『皇女』の美しさはやっぱり学園外でも目立つんだろう、一瞬で周囲がざわめき出し、注目の的になった。

 

 でも僕たちとはいうと対照的に。

 あの日以来まったく会っていなかったからお互いそこから無言になってしまった。

 気まずい空気が流れていたところへ、そんなことお構いなしってばかりに割って入ったのが福井先生だった。



「お待たせー、張り切って選んじゃったー。あれ? 珠々じゃない」

「え? 恵!? ……図書委員の人と一緒だったの?」

「そうだよ。一緒に服でも選んでもらおうと思って」

「え、い、いや……そういうことじゃなくて。生徒と、教師だよね?」


 『皇女』が僕を見る目線がものすごく冷たい。

 な、なにか盛大に勘違いしていらっしゃる……!?



「あ、ああー……ぷっ、あははっ」


 冷ややかな空気など気にかける様子もなく満足げに笑い出す先生。

 

「な、なにがおかしいの……!?」

「ううん。そっかー、そうなんだーって思って」

「?? ……いったいなにを……」


 『皇女』からの問いかけにはそれ以上答えることなく、先生は僕に何着かの上着を手渡す。

 

「──ねぇ、神室くんは、どれをこの子に着てほしい?」

「!?!?」

「ちょ、ちょっと、恵、なに言って──」

「あ、あの……? 先生……?」

「たまたまそこの本屋で会ったところを誘ったのよ。珠々、あなたに合う服を選んでもらいたくてね」


「……私、の……!?」

「私がこの子とお付き合いしてるみたいに見えちゃった?」

「──っ! 恵っ!!」

「あははっ──それで? 神室くんはどれがこの子に似合うと思う?」


「えっ!?」


「え、じゃないでしょー。神室くんの好みでいいよ? 選んでみてよ」

「あ、あの……そう言われても……」

「ちょっと! 図書委員の人困ってるでしょ!」

「その図書委員の人、ってのもあんまりじゃない? 彼には神室かむろゆうって名前があるんだから」

「~っ! か、神室くん……困ってるじゃない……」


 ──はじめて僕の名字を……!

 直接呼ばれたわけじゃないのに、たったそれだけでものすごく胸の鼓動が早くなるのを感じた。


「──で? 神室くんはどの服をこの子に着てほしい?」

「……」

 

 僕の腕にぶら下がる何着かの服。そのどれもが普段妹の着てるのでも見ないような、ちょっと大人びたもので……よくわからないけど、そのうち1着が、なんでかわからないけどずっと気になった。

 試しに広げてみて……うん、なんか知らないけどしっくりする。

 あんまり時間かけるのも気まずいと思ったので、直感を信じてみることにした。


「ふーん、赤いのを選んだのね。ふーん……」

「え? な、なんか変ですかね……?」

「いや別に。うん、私も珠々に似合うと思う。ね? あなたもそう思うでしょ? 珠々」


「……知らない。どうせ何を言っても買うつもりなんでしょ? 買ってくれば?」


「そう? 気に入ってもらえてよかった。じゃあレジに行ってくるわね。神室くんも一緒に来て」

「え?」


 無理やりに引き離されてレジに並ぶのに付き合わされた。

 買い物を済ませたあと、先生がぽつりと言った。


 

「……正直、驚いたわ」

「え? 何がです?」


「この服。五行説で火徳にあたる『宋』にとっては──赤がシンボルカラーなのよ」


「……そ、そうなんですか?」

「もちろん神室くんがそんなことを意識して選んだんじゃないってのはわかってる。でもなんかね、運命みたいなものを感じちゃって。この服は、この子に着られるために生み出されたのかな、って」


「運命、ですか。そこまで大それたものじゃないんじゃ……」


「少なくとも私よりも、あの子のほうがそう感じてるんじゃないかな? っと、そろそろあの子と合流するタイミングだから、この話はおしまい。あの子の過去についてはキミは知らないことになっているだろうから」


「……薄々感づかれてそうですけどね。聡明な人ですから」


「それでも、建前ってのは大事よ。99%そうかもしれない、っていうのと100%そうだっていうのとでは、天と地ほど違う」


「……そんなもんでしょうか」

「そんなもん。あの子──福井珠々と、仲良くしてあげてね」

「……はい」


 車で送ってってあげるわよ、って言われたけど、自転車で来ていたので丁重にお断りして、その店を出たところで解散した。

 ……確かにセンス皆無の僕でもわかるくらいに、無頓着なんだろうな、っていう組み合わせの着こなしだった『皇女』だったけど、それでも元がいいとなんでもよく映るもんなんだな、って思った。

 僕が選んだあの赤い服を着て、ここみたいなところに出かける日はくるんだろうか。実際に着てみてセンスが悪かったら申し訳無さすぎるんですけど……ただそれだけが心配だよ……!


「……あっ。本を買いに来たんだった」


 もう一度本屋へと戻り、目をつけていたものを買ってその日は帰宅した。

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