七 クラスメイトの秘密
図書委員はクラスごとに男女各一人ずつと決められている。
つまりは僕──
彼女の名は
もともと寿々木さんと僕は話すことがなかった。
断言してもいい、委員じゃなかったらおそらく3年間まったく話すことがなかっただろう。
ほとんどの女子に対して発動するデバフスキル『コミュの障り』を持つ絶対的不器用者たるところの僕は、この人に対しても打ち解けることができないこと請け合いだからだ。
はあ……改めて脳内で文字起こしすると虚しさが限界超えてるな……
それなのに。それなのに、だ。
ここで今起こってることはなんだ?
「……聞いているんですか? 質問に答えてください」
「あ、あの……」
にじり寄る寿々木さん。
近い近い、仲のよくない男女が取る距離じゃない!
「ああもうもどかしいですね……どうしてだと聞いてるんです!」
「ど、どうしてって、い、言われても……」
「あなたと『皇女』の間には何かあったのはわかっているんです! とぼけないでください! 最近あの人がおかしいのはあなたのせいでしょう!」
僕は校庭の隅で慎ましく独り縄跳びに興じていただけだっていうのに。
まったくわからない、なんで突っかかられてるのか。
憤懣やるかたない寿々木さん、困惑する僕をよそに、止まらない。
「……これまでも多くの男子が『皇女』に話しかけたり告白したりしてはあえなく撃沈し、諦めているのを見ていました。今やこの学校に『皇女』に交際やらなんらかの進展を求める男はいません」
そうだろうな、と思う。
学生間の交流を極力避け授業時以外ほぼ図書室に籠もる、その孤高さこそ『皇女』と名のつくゆえんだったからね。
「どんな男が来たところで『皇女』は一切表情を崩さず、動揺することもなかった──だけど……あなたには、違う」
キッと僕をにらむ寿々木さん。こわい。
「最近の『皇女』は、なんだかソワソワしています。正直、あの人があんなに他人を気にしている姿は見たことがありません。どうしてなんですか?」
「えっ、あっ……す、すみません、僕がキモいせいですよね……」
「そういうことを言ってるんじゃありません!」
「ひぃ、すすすすみません……」
「あなたにはほかの人と違うものを感じるんです。ほかの男子は、言うならば単に『皇女』の容姿や雰囲気になんとなく惹かれているだけ。でもあなたは……なんというんでしょうか、『切実さ』が違う。恋とか愛とも違うなにか……それさえ超えた、彼女の生存や幸福そのものを願っているかのような……」
すごい。僕の脳内を直接ほじくって暴いてるみたいな鋭さ。
女の勘ってやつなんだろうか。
「──あなた、ひょっとして『識っている』んじゃないですか?」
「え?!」
「『皇女』──福井珠々の秘密を、知っているんじゃないですか?」
「ナナナナンノコトダカワカラナイナーボクナニモシラナイデスヨー」
冷や汗をかく。
僕が彼女の秘密を知って以来、まさかこんなに早く追求されることとなろうとは露にも思ってなかっただけに、完全に油断していた。
まっすぐ見据え、僕を問い詰める眼前の少女。
その視線の厳しさに、僕は目を泳がせることしかできなかった。
「はぁ……やはりですか……もういいです。なんとなく察しはついています。どうせあのバカ新人教師がうっかり口を滑らせたかなんかでしょう」
寿々木さんの険しい表情がいくぶんか柔和になった。僕への警戒を解いた……というよりは、呆れ果てて諦めた、といったほうが正確だろうか。
にしても……福井先生。仮にも生徒にすごい言われようだ。
入念に見回し周囲に誰もいないことを確認した寿々木さんは、己の正体を語り始める。
「
「……どういうこと!? 寿々木さん、まさか、君も……!?」
「ご想像の通りです。
正直、まだ心の底ではアニメかラノベじみた話を信じきれずにいたんだ。
現代で生まれた少女・福井珠々がなんらかのトラウマで過去の人物と同一化しているの空想上の人格、という方向も僕の中では可能性として捨てきれていなかったし、仮にそうだとしても彼女を支えていきたいという想いは変わらないつもりだった。
でも、2人めの転移者となる宋の皇女が現れたことで、これは現実に起こっていることなんだ、と理解せざるを得なかった。
「……姉は死んだものと思っていました」
現代の日本に転移したもう一人の皇女・趙金鈴こと寿々木可音。
そこからさらに続く彼女の話で、改めて彼女たち『皇女』たちのおかれた状況の過酷さがわかった。
「そもそもわたくしたちも誰が生き残っていて、誰が死んだか、もはや把握しきれなかったんです。十に九人、
「……」
誰に語っているのでもないのかもしれない。
虚空を見つめ、彼女はなおも過去を
「わたくしは異民族に連行された時、最年少の4歳でした。ですからさすがに直接の被害に遭うことはありませんでした。その代わり、わたくしは『洗衣院』の人たちに育てられ、すべてを見ることとなったんです。姉たちが受けた責め苦を。姉たちが次から次へと
二の句が継げない。
僕たちとはあまりに違う時代を生きて、ここに来たんだ。
オンライン百科事典を読んだくらいで理解した気になっていたけど、話として聞かされると、彼女たちの生きた世界の絶望感たるや、想像を絶する。
「そ、そんな……4歳のうちからそんな……そんな残酷なことって……」
「戦争に負けた国の、まして女。同じ人間として扱われたかすら怪しい。この学園で『人権』というものを学び、これまでの人生でもっとも驚きましたよ」
「……」
「そして成長し、わたくしも姉同様、お偉いさんに嫁がなければならなくなった……寸前のところで、この現代に飛ばされた、というわけです」
「……」
「……姉、珠々はわたくしの正体を知りません。なにせ姉は成長したわたくしのことを見たことがないんだからそれも詮無きこと……だからこそ、わたくしはひそかにずっと見守っていたんです。図書委員としてね」
──!
そうだったのか。
寿々木さんが図書委員となったのは、確固とした理由があったのか。
「……そうして極力気取られないよう慎重に観察してきたのですが、様子がおかしいことに気づいたんですよ。あなた方ふたりの、ね」
「あ、あはは……」
「何がおかしいんですか」
「ひぃっ、すすすすみません」
「それ! 先程からそれが気に食わない!」
「あひゃいっ!?」
「あなた、もっとシャンとしなさい! あなたは仮にも高貴なる存在と相対しているんですよ!」
「ひゃいっ!」
「あなたの態度を見ていればわかります。あなたは姉・珠々に特別な想いを抱いているんでしょう!? 姉もまさしく高貴なる『皇女』の血筋。少なくともそれに見合うような存在でいなければ、わたくしは認めません!」
「そ、そうですよね僕なんかじゃ不釣り合いですよねすみませんすみません」
「ああもう! またそれ! あなた、今すぐその下卑た性根を改めなさい! 過ぎた自己評価の低さは鼻につくんです! そんなことでは『皇女』をとても任せることなどできないと言ってるんです!」
「ひゃあぃっ! 改めますぅ!」
「……ったく。先が思いやられますわね──それで?」
「そ、それで……と言いますと……?」
「ほら、わたくしとあなたはクラスメイト。クラスメイトで図書委員同士でもある、あなたとわたくしならば相談のひとつ、自然な流れでしょう?」
「……え、あの……?」
「察しの悪い殿方は嫌われますわよ。わたくしがこうして秘密を明かしたのです。あなたもわたくしに語るべきではなくて? 『皇女』──姉と何があったのか。話くらい、聞いて差しあげますわよ」
──!
僕は少し、この人を思い違いしていたかもしれない。
さっきまで強く当たってこられたので怖い人かと思ってたけど……
もしかすると本当は、気配りができて、優しい人なのかもしれない。
「わかりました。では……」
こちらにあらせられます高貴なるクラスメイトに、福井さんとの最近起こったことを隠さず話すことにした。
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