四 想い、交差跳び

 放課後の図書室。久しぶりの委員の日だ。

 貸出カードの整理やらなんやらしながら、受付にくる人を待ち構える。

 相変わらず後ろで当番じゃない先輩委員が一人居座っているけど……



「おおい!? 私のことは無視かい!? 最近扱いが雑になってきてないかい!?」


 気にしない、気にしない。


「おーい、おーい! 神室かむろくぅ~ん、愛しの金目かねめ先輩ちゃんですよー?」

 

 誰が愛しの金目先輩だ。「ちゃん」なんてガラでもなかろうに。

 はっ、いかんいかん、無視無視……


 

「あらあら~? 金目さぁん? かわいい後輩の邪魔をしてはいけませんよ~?」

「はっ。東……あ、あの、怒っていらっしゃる……?」

「そんなことはありませんよ~? ただ、図書室ではお静かにお願いしますね~? それができないならずっと事務室にこもっていてくださいね~?」

「ひっ……目が、目が笑ってないよ。わ、わかったよ」


 すっかり観念して、金目先輩が奥に引っ込んだ。



 ──あずま桃花ももか先輩。金目先輩と同じ3年生だ。

 普段はおっとりしており、包容力のあるお姉さんなんだけど……

 今みたく笑った顔で怒りのオーラを全開に出している時はものすごく怖いので、誰も逆らえない。そういうところも含めて、ひそかに『図書室のママ』と呼ばれ人気だったりしている。

 

 とりあえず東先輩のおかげで金目先輩にウザ絡みされずに済んだ。

 ありがとうございます。

 

 これで心置きなく仕事に集中──……と、言いたいところだけど。

 昨日、あれだけたくさんお話できたことが思い起こされて。

 今日もいるあの人を、見ないなんてできずにいる。



 すると──

 ひょこっと僕の顔を覗き込んでくる、東先輩。


「……気になりますか~?」

「ひゃいっ!? す、すすすすみません仕事に集中しますぅ!」


 距離が近い……!

 こ、この人もパーソナルスペースお構いなしに越境してくる人だな……!?

 

「いいんですよ。今日はあまり利用者がいないみたいですし。わたし独りでも委員の仕事はできそうです。行ってきてもいいですよ~」

「え、ど、どこへ!?」

「あら、それをわたしが言ってもいいんですか~?」

「い、いえ、そ、それは、その……」


 まいったな……この人にも僕の気持ちがバレてしまっているらしい。

 僕ってそんなにわかりやすいんだろうか。

 

「いろいろな思いはあるとはいえ当番の日は欠かさず来てくれるかわいい後輩ですから、たまにはご褒美的なものがあってもいいと思いまして~」

「で、でも……」

「なんならあっちの、タダ飯喰らいのおサボりさんに仕事させてもいいですし?」

「あ、あはは……」


 なんだろう、はじめて金目先輩に少し同情した。

 と、話の終わらぬ間に先輩が僕をカウンターの外へと押し出す。


「わわっ、せ、先輩?」

「忙しくなったら呼びますから。ほぉら、行った行った~」


 半ば強制的に追い出されてしまった。



 ……退路、絶たれちゃったじゃん……

 


 ここまでお膳立てされてしまっては、行かなきゃならなくなった。

 『皇女』のもとへ。

 ……はぁ。昨日の今日でどんな顔をして話しかけたらいいんだ……

 期待と不安で、足取りは重かった。




「ふふふ……神室くんは気づいていないかもしれないですけれど……視線を送っているのはあなただけじゃないんですよ~」




 図書室に設けられている座席の中でもっとも端の、あの指定席。

 今日も彼女──『皇女』福井珠々は、難しそうな本に向かっていた。

 意を決して、彼女に声をかけた。

 

「あ、あの……ど、どうも……こ、こんにちは」



「──!」



 すると彼女は、こちらに目を合わせることもなくガタッと席を立っては、まるで最短距離を選択するようプログラムされたロボットのように、本を元に戻してそそくさと立ち去ってしまった。


  

 ……と、なんとか現状を認識できたのは、一連の流れがあってずいぶん間を置いてのことだった。



 あまりの展開の早さに、脳が追いついていなかったね。

 いやあ、まいったまいった。



 ……失敗した。

 失敗した失敗した失敗した失敗した。



 やっぱり昨日のアレは超絶なまでにキモ・ヒューマンだったんだ。

 以前に増して取り返しのつかないくらい嫌われてしまったんだ……

 僕ごときが『皇女』と関わりを持つことなんて、やっぱり……

 許されることじゃなかったんだ。


 小説とか歌によくある表現で、ジェットコースターのような浮き沈み、ってやつを、いま僕はその身をもって味わされた。



 そして次の日、『皇女』は初めて放課後図書室に訪れなかった。

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