五 兄妹、うしろむき

 図書委員と言っても毎日当番があるわけじゃない。

 多くの図書委員も、非番の放課後は部活なり帰宅なりしている。

 中には、金目先輩みたいに、毎日のように入り浸るような人もいるけど。

 やっぱり多くの図書委員は図書室の空気、というか……本がたくさんある空間そのものが好きだからね。


 だが慢性的コミュニケーション不全が常たるところの僕は、さすがに毎日入り浸れるほど鋼のメンタルを有していない。


 それに、学園中ではある衝撃的『事件』で騒然としていた。

 それは、『皇女』はここ数日図書室を訪れていないということ。

 こんなこと、今までなかった。

 学園じゅうの誰から見ても、あまりにも異常事態だった。


 原因は……僕にあることは、間違いない。

 明らかに僕は避けられている、と見ていい。


 彼女の邪魔をするのは僕の本意じゃない。

 僕の存在が彼女の邪魔になるんだったら、一度しばらく離れておこうと思う。

 

 ……まあ、そう自分に言い聞かせることで逃げてるんだけどね。

 卑怯なヤツですよ、本当に。



 というわけで今日の放課後は同好会だ。

 パチン、パチン……とリズミカルに叩きつける音を響かせる。

 無心でいたい時は、これが僕にはいいのだ。

 運動音痴な僕にとって、長所というか……ある程度サマになるレベルで身体を動かすことのできるのがこれしかないともいう。


 と、そこにもうひとりの同好会員が顔を出してきたので、足を止めて休憩することにした。

 

「あ、お兄ちゃん。いたいた。またこんな校庭の端っこで縄跳びやってる」

「ここが定位置だって知ってるでしょ、我が妹よ。お前も『縄跳び同好会』の会員なんだから」

麗華れいかはお兄ちゃんが独りで縄跳びしているのが見ていられないから同好会に入ってあげてるんですー。これでお兄ちゃんの変人度がかなり下がってるんだから、感謝してよね」

「はいはい。ありがとうね感謝してますうちの妹は最高の孝行者です」

「むー、気持ちがこもってないー」

 

 むくれる我が妹──神室かむろ麗華れいか

 感謝しているのは本当だ。

 一時期ダイエット法として注目されたこともあったけど、それはあくまで女性の間だけ。

 体育祭の定番となってる大縄跳びならともかく、個人でやる縄跳びなんてこどもの遊びだ。高等部にもなってするもんじゃない──と言わんばかりの冷ややかな視線、ぶっちゃけ感じない日はない。

 この『縄跳び同好会』が同好会としての要件を満たし存続できているのは、ひとえに妹も参加してくれているからにほかならない。

 縄跳びはランニングなどと違って、どうしても音が目立ってしまうからね。

 ここ以外の場所だと、縄跳びができる場所って都会じゃかなり限られてくる。エア縄跳びという方法もなくはないけど、それじゃ縄跳びじゃないというか……。

 パチン、パチンって地面に叩きつける音。

 フォン、フォンって素早く手首を動かして縄をしならせる音。

 それらの音がなきゃ、やっぱり縄跳びじゃない。

 我ながら妙なところにこだわりがあるものよのう。


 

「……で。今日はどうしたの?」

「え? なにが」

「久しぶりだと思ってさ。最近はずっと図書室ばっかりだったから」

「……そうだっけ」

「なんか悩みがあるんじゃないの? 最近なんかちょっと変だよ」


 相変わらず鋭いのが我が妹だ。

 でも本当のことを話すわけにはいかない。


「別に……なんもないよ」

「ウソ。知ってるよ、『皇女』さんのことでしょ」



「え!?」

 


 冷や汗が出た。

 妹とはまったく『皇女』のことなんて話したことないのに。

 知ってる、って……どこまで!? まさか、秘密が漏れた……!? 

 いやそんなはずは……

 万が一スマホが覗かれた時にも備えてネットの履歴も消去したはずなのに……


「お兄ちゃん図書室でずっとあの人を見てるの知ってるもん。お兄ちゃん、『皇女』さんのことが……好き、なの……?」


 ……ああ、なんだそういうこと。

 いきなり秘密が漏れたのかと思ってものすごく焦ったよ。



「……わからない」


 好き、なのは。恋をしている、というのは確実なんだと思う。

 金目先輩はアオハルだとか言ってからかってきたし、意識すると恥ずかしくてたまらないから、この気持ちはそういうことなんだと思う。

 

 だけど──わからなくなった、と言ったほうがいいんだろうか。

 自分の気持ちは揺らいでいないつもりだけど、果たしてそれを表に出していいのかが、わからなくなったんだ。だから答えとしては、こんなふうにしか言えなかった。


 でも……これだけは、確実に言える。


「……なんというか、僕自身のことは割とどうでもよくて、『皇女』──福井さんには、ただただ幸せでいてほしいだけなんだ」


「それって好きってことじゃん……」

「そう、なのかな……」

「……応援するよ」


「え」


 あまりにも意外な言葉が聞こえてきたので、素っ頓狂な声を出しちゃったと思う。

 

「麗華にできることがあったらなんでも言ってよね。どうせお兄ちゃんはコミュ障なんだから、麗華の助けがなきゃダメでしょ?」


「……ありがとう」


 ……妹に気を遣わせちゃうなんて、ダメなお兄ちゃんだな。


「……予備の縄はある?」

「え? あ、あるけど」

「麗華も跳ぶ」

「……そうか」



 妹の後ろ飛びは、前跳びに比べてどこかぎこちなかった。

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