5 再び戦場へ

 エリカは、ミドルサードのカタパルトから宇宙空間へ飛び出ると、見慣れた漆黒の闇と星がエリカ達を包んだ。


 しばらく航行していると、エリカはコンピューターを使っているミルフィーユに声をかけた。


「ずっと座ってるね。どう、スカーレットルナのコンピューターは」

 ミルフィーユは興奮気味に

「とにかくすごいです。それにこの船、ルナさんの成長に合わせて、いろいろな能力が向上するみたいなのです。それに手を加えて、さらに能力の向上をやってます」


「そうなの……」すると、エリカは何か考えた後、

「でも、武器は、ほどほどにね」


「はい、武器はいじってません」

 エリカは微笑むと

「そうだミルフィーユちゃん。クラリスまでの転移ルートの解析、お願いできる」


「あのブラックホールを避けるコースですよね、わかりました」

 すぐにミルフィーユは作業を始めた。


 カイトが五時間もかかった作業なのでエリカは

「それじゃあ、ミルフィーユちゃんには悪いけど、シャワーあびて一眠りさせてもらうわ。そしたら運転するから」


 ☆☆☆☆☆


 エリカが席を離れると、ミルフィーユは作業を進めながら昨夜調べていたスカーレットルナについて思い返した。


(スカーレットルナはまるで生き物だ。成長するだけでなく、損傷や故障は、人間の怪我が治るように自己修復する。さらに、卓越した機動性の鍵をにぎっているのが、この船の高度なAIと、高出力を発生させるエネルギー・ジェネレータ―。これらの内部構造は厳重に密閉しロックがかかり、見ることができないが、ジェネレーターは間違いなく中性子融合炉だろう。だとすれば、小型船ながら、巨大戦艦なみのエネルギーの放出も可能になり、光子レーザーや、バリアブルレーザーが使えるのも納得できる。さらに、それを使えば……)


 ミルフィーユは背筋が寒くなる思いがした。

(しかし、中性子融合炉は、ブラックホールを船内に抱えているようなもので、あまりに高出力のため危険な代物で、成功した事例は聞いたことがない)

 ただ、気になる極秘論文を見たことがあった。


(かつてラスタリア皇国の属領のオリフィスの原住民は、強いシナプスと神経の電気信号を持つ人種だった。その電気信号を機械の制御系とシンクロさせる実験が行われていたと聞く。推測だが、それを使えば、微妙な中性子融合をコントロールすることができるのではなかろうか……)


 同時にミルフィーユは、ルナに気づかれないよう、自分の持ってきたタブレットを使い、この船の心臓部ともいえるAIの深部に侵入した。

 ここまで完璧な生体兵器を可能にした技術と、だれがこの船を設計・製造したかを探ろうとした。


 高度なセキュリティーと、複雑な暗号を解読し、ログを確認していると、いくつかのキーワードが浮かびあがった、その中で注目されるのが


『惑星オリフィス』

『精霊の娘』

 最後に……


『スカーレット・エクシード』


(精霊とはオリフィス人のことだろう。さらに、スカーレット・エクシードとは、このスカーレット・ルナのことだろうか。しかし、これ以降に製造された記録はない……そして精霊の娘)


 さらに深層にデータが内蔵されていた。歯がゆいが、それ以上のことはわからなかった。


 


 エリカがシャワーを浴びて出てくると。ミルフィーユは、手をとめ

「エリカさん、できましたので、インプットしておきました」


「できたって……なにが」

 ミルフィーユは、意外な表情で

「クラリスポートまでの、転移ルートですよ」


「ええー! もうできたの! 」


「そうですね、ルナさんのコンピューターすごいのですよ。ラスタリア皇国のコンピューターでも解析だけで二時間はかかるでしょうけど、数秒で計算できるのです」


 いえいえ、ミルフィーユちゃんがすごいんです。

 次にエリカはカイトをさめた目で見つめると、それに気づいたカイトは、両手を頭にくんで。


「どうせおれなんか、手計算で5時間もかかりましたよ」

 それを聞いたミルフィーユはあわてて


「そんなことないです! この計算を出来ることだけでもすごいです。この計算を出来るのは、長距離恒星間飛行する大型船などを操れる一級航海士クラス以上ですから」


「いいよ、気にしてないさ。でも、それを一瞬にするミルフィーユちゃんもすごいよな」

 カイトはエリカに向かって言うと、エリカとルナも頷いた。


 一方、ミルフィーユは

「でも、意外です。四級航海士の免許取り立ての、カイトさんがそこまで出来るなんて」


 カイトは、一瞬沈黙したが、笑いながら 

「マニュアル読んで、運よくできたんだよ」


 カイトが答えるが、単にマニュアルを読んで出来るものではないことを、ミルフィーユは知っている。


 しかも、手計算でするということは数式や理論を熟知しているということで、一級航海士でもそこまで出来る人材は少ない。


 そんなカイトに、ミルフィーユはさらに興味がわいてきたが、思い出したように


「それと、最終目的地まで、自動航行するようにセットしておきましたから」

 エリカたちは再び驚いて



「自動航行って! そんな機能があったの! 」

 驚くエリカ達を、ミルフィーユは再び意外に思ったようで


「ご存知なかったのですか………確かに、異相空間転移を自動航行できる能力をもつ船なんて、そうありませんし、このルナさんのコンピューターは素人が扱えるものではないです。それに自動航行のセッテイングも結構面倒ですけど」 


「その面倒なセッティングを一瞬にして出きるのね。それよりルナ、そんな機能があるなら早く教えてよ」 


「わたしだって知らないもん」

 ルナはふくれっ面で返事した。


「自分の体のことでしょ」

「エリカだって、自分の内臓の中が今どうなっているかわかるの。さっき食べたバナナが今、腸のどこを移動してるかなんてわからないでしょ。それに、もしわかったところでエリカにセッティングできた」


 フォログラフのルナが、おへそを丸出しにしているエリカのお腹を指さして言う。

 私はルナのお腹の中のバナナか、とエリカは思ったが機嫌を損ねてもこまるので


「ごめん、ごめん、言い過ぎたわ」


 エリカはルナに謝ったあと、ミルフィーユが言ったスカーレットルナが成長する話で気になることがあり、ルナに聞こえないよう


「ねえ、ミルフィーユちゃん、さっきスカーレットルナが成長するって言ったけど。逆に、スカーレットルナになっている間、ルナの成長はどうなるの」


「そうですね、機械と同じ状態ですから肉体の成長はしないでしょうね。それが何か」


「うん……いやなんでもない、ありがと」

 そう言ってエリカはその場を離れた。


 以前ルナは、長い年月スカーレットルナとして宇宙を彷徨っていたと言っていた。

 だとしたら見かけの年齢以上に生きていることにもなる。


 (実際ルナは何歳なのだろ)エリカは気になる点だが、恐らくルナは言いたくないだろう。


 とにかく今のルナが全てだし、知っても何の意味もないと、エリカは自分に言い聞かせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る