4-2 ナディアの謀略2

 しばらくして、部屋のブザーがなった。


 訪れてきたのは伯爵だった。ナディアは、いつものようにそっけない表情で

「いらっしゃい、待っていたわ」


「………何か用ですか」

 伯爵が沈んだ声で問いかけると。ナディアは、デスクに座りなおし


「ええ、実はまた、お願いがあるの」

 伯爵は、また無理難題を言われるものと、少し青ざめながら身構えた。


 ナディアは、いつもの癖で長く艶やかな髪を、細い指先で首元からくしあげると、数本の黒髪が川面のように揺らぐ


「これから、スカーレットルナはクラリスポートに向かうようだけど、密かにに尾行してほしいの」

 伯爵は(またか……)と、欝とした表情で次の言葉を待った、


「クラリスポートは今、連合軍と通信ができない状態にあって、そこでの戦闘の情報が入ってこない。最前線のクラリスポートまで行って見つからずに情報収集する芸当は、あなたにしかできない」


 ナディアはするどい目つきで、伯爵をにらみ有無を言わせない。

 クラリスポートが危機にある情報をエリカ達にリークし、ミドルサードの運搬船をなくして兵士を帰還できないようにしたのも、ナディアなのは間違いない。


 伯爵は、肩を落とし

「ブラック・オゥルを貸してもらえるか」


「やる気になってくれたようね。いいわよ、威力偵察機ブラック・オゥル、まだ試作機だけど最新鋭のステルス機能を搭載しているし、いい性能テストだわ。乱戦の戦場では惑星の輪の中にでも隠れれば、小型だし、まず見つからないでしょう」


 伯爵は黙ったままだ。

 そんな伯爵にかまわず、ナディアは満足そうに椅子に深く腰掛けると、おもむろに。

「それから、思わぬ事態が発生したの」

「思わぬ事態……」

 

 ナディアは壁にある大きなモニターに、町を歩く銀髪の少女の映像を映し出し

「ミルフィーユよ」


 伯爵はその名を聞いて、絶句した。

 ナディアは街を歩くミルフィーユの姿を見つめながら

「非公式だけどラスタリア皇国の実質の最高技術顧問、そしてラスタリア皇国の属国になり下がったガルーダ王の次女、王太子の兄は知ってるわよね、レオン・リー」

 さすがに、伯爵もおどろいた


「なぜ、ミルフィーユが」

「詳しくはわからないけど、ミルフィーユは普通の技術者なら血反吐をはいても手に入れたい最高技術顧問の地位を捨てて、スカーレットルナに走った。あの、スカーレットルナの能力を一瞬にして見破ったところは、さすがだわ」

 ミルフィーユの映像を消すと。


「しかし、解せないのは兄のレオン・リーが簡単にゆるしたこと。ラスタリア皇国を思うなら拘束してでも連れ帰るべきところよ。なにを考えていることやら……」

 ナディアは俯いて笑みをこぼしている。


 一方、伯爵は茫然としていた。

 ミルフィーユは天才だ、スカーレットルナは最強のアイテムを得たといって良いだろう。ただし、ある意味エリカには過ぎたものとも言える。

 それは、これからエリカが大きな激流に巻き込まれていく前兆ではないかと、伯爵は気がかりだった。


「ところで、クラリスに対しラスタリア皇国がどう出るか情報はあるのか」

「ラスタリア皇国は、第三艦隊を送ってくるみたいよ」

 そっけなく言うナディアに伯爵は愕然とした。


 ラスタリア皇国軍は第一から第三艦隊を主力としている。第三艦隊はハルゼー提督率いる、反陽子荷電粒子砲を搭載した大戦艦バルバトスを旗艦とし、劣勢のラスタリア皇国軍を攻勢に転じさせ、無敗の快進撃をしている艦隊だった。


「それはあまりにも、無茶だ! 」

 抗議する伯爵を無視したナディアは

「こうなったら、スカーレットルナの真の実力を見るには絶好の機会だわ。雑魚相手では実力はわからない。あの巨大艦隊を相手にどこまで対応できるのか。さらにスカーレット・エクシードの亡霊がラスタリア皇国の前に敵として現れる。かつてエストナを葬ろうとした者は相当狼狽するはず」


 ナディアは、少し興奮気味に話をした。 

 反論もできない伯爵は茫然としている。


「わかったら、さっさと行きなさい」

 追い出すように言われた伯爵は、頷いて部屋を出た。


 扉の外では、少し壊れかけているメイドロボットが待っている。

 伯爵はその横を通り過ぎると立ち止まり、こぶしを握り肩を震わせていた。


 ロボットも主人の辛さがわかるのか、悲しそうな表情をしている。伯爵は声をしぼるように


「エリカ……すまない………生きて帰ってくれ」

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