8 ブラックホール

 クラリスポートを出て数時間後に、異相空間転移のための最初の次元断層にさしかかる。

 スカーレットルナは加速を開始して、次元断層に突入した。

 エリカたちは、次元断層を抜けたら箇所の機雷群に対応すべく準備を行っていろ。


「この次元断層をぬけたら機雷地帯よ。カイト、シャトルの人たちには宇宙服を着ておくように伝えて」

 カイトは頷くと、無線で、それぞれのシャトルの操縦席に伝えた。


 エリカは慎重に前方のルートを凝視し、カイトはビーム砲のトリガーに手をかけて、いつでも発射する態勢でいた。

 ところが、次元断層を出たとき思わぬことが起こった。大きな揺れとともに、急にカーブを曲るような横方向に強く押し付けられるGに襲われたのだ。


 思わず手で体を支えると、次の瞬間、谷底に落ちていくような感覚にとらわれる

「何なの! 機雷は無いじゃない」

「強い重力に引っ張られてる!………まさか」


 カイトは、重力波レーダーの解析画像を見て叫んだ

「すぐそばにブラックホールがある! 」


「ブラックホール! 」

 エリカは、なんとか機体を制御しながら


「それって、行きと違うとこに出たの」

「そうみたいだ。でも座標計算に間違いはないはず」カイトは計算結果を見たあと「あいつら!」

 こぶしをにぎりしめた。


「どうしたの」

「ラスタリアのやつら、次元断層の出口に重力波のジャミングをしかけて、ブラックホールに向かうように仕向けたんだ。機雷を突破してきたのを見て作戦を変えたのかも」

「そんなことできるの」 


「次元断層は一方をとじた時、近くに他の次元断層があれば、そちらを示してしまうんだ。正確な計算が出来たらわかったかもしれないが。やはり、俺の力ではルナさんのコンピューターを十分に使いこなせないのか」


 カイトは歯がみした。エリカは

「わずかな誤差でしょ。それに、起こったものはしかたない、なんとかするのよ」

「………わかった」


 しかし、ブラックホールの引力はすさまじく、抗うことはできない。満天の星空の中に暗黒の円があり、周囲の星も円をえがいて引き延ばされているように見える。

 その中心の暗黒に向かって強い力で引き寄せられていく。さらに、船の振動が大きくなりシャトルの強度も心配だった。


「ちょっと、これはひどい」

 エリカは、なす術がない自分にいらだっていた。しばらく、無言で考えこんでいるとモニターのルナが言いにくそうに


「シャトルを離せば、私たちだけなら、なんとかなるけど……」

「ばか、そんなことができるわけないでしょ。どうやら、覚悟しないといけないか」

 エリカは苦渋に満ちた表情で話すと


「エリカ、まだ、あきらめてない人がいるわ」エリカは、えっと考えると「ほら、あなたの後ろの名軍師がね」

 カイトは、必死で回避ルートを探し、策をねっていた。そして、顔をあげると


「よし、なんとかなる。エリねぇ、ブラックホールに向かって加速しよう」

 エリカはカイトの意外な方法に

「何を言ってるの、自滅する気」


「スイングバイ(重力加速)をするんだ。ブラックホールといっても、ある意味質量の大きい星と同じ。近頃の宇宙航行では宇宙船のパワーが大きいから、あまり行われていないが、星の重力で加速し、星の横をすり抜けるように飛び出るんだ。コースは俺が解析する」 


「カイト………やるじゃない」

 いつも、自分の後ろを、ついてきたカイトだった。小さい頃は泣き虫で、喧嘩をしては泣かされエリカが助けていた。今もギターを弾くだけのひ弱な男と思っていたが、強くなったカイトに、弟ながらエリカは、思わずみとれてしまった。


「エリねぇ、どうしたんだ、早く! 」

「わ……わかった」

 エリカは我に帰り、座標をセットし操縦桿を握ると反転してブラックホールを横切るコースに変えた。 


 しかし、決して安全ではなかった、加速が弱いと引き込まれてしまう。逆に強すぎると機体がもたない。ぎりぎりの速度とブラックホール自体を避けるロシュ限界のコースをとらなければならないのだ。


 次第に加速すると共に強いGがかかり、さらに機体の振動が激しくなる。エリカは身体を支えながら

「結構強いGだわ、市民の人が危ない、シャトルの中はすし詰めで苦しそうだし、病気の人もいる」 


 重病人は、スカーレットルナの個室やコックピットの後ろにも乗せているが、シャトルの中は狭く劣悪な環境だった

「わかってる、でもこれが精いっぱいだ、これ以上速度を落として離脱できる自信はない」



 そのころ、シャトルに紛れ込んだミルフィーユも異変に気づいていた。

 目立たないよう頭からフードをかぶり、振動するシャトルの中、不安そうにひしめき合ってすわっている難民たちの間をぬけて小さな丸窓から外をみた。


(この感覚、やっぱりブラックホール)

 ミルフィーユは兄と共に多く戦いの旅を続け、ブラックホールにも何回か近接したことがある。

 スカーレットルナが、ブラックホールに向かって加速しているのを確信すると


(スイング・バイするつもりね………でもブラックホールに近づき過ぎじゃないかしら、これでは逃げられなくなる)

 ミルフィーユはスカーレットルナの向かう方向から、直感的にそう思った。


(ブラックホールは単に質量が大きいだけの星じゃないのだけど………)


 リュックにしまっている、お気に入りの猫ウサギの絵のついたタブレット端末を取り出すと、揺れる船内を壁や手すりに捕まって、回線のつながる場所を探した。

 下の階層の荷物室にいくと通信用のジャックを見つけ、スカーレットルナのコンピューターにアクセスを試みた。


(お願い、今度は悪さしないから、拒否しないで)

 ミルフィーユは祈った。

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