8.エリカの企み

 

 飛行場に戻るとルナは人間の体にもどったが、顔は青ざめている。そんなルナにエリカは

「大丈夫……」


「ええ、こんな飛び方したの、初めてだから」

「確かに、見た目は、お上品な船だしね。でも飛んだ瞬間にわかった、これはそんな宇宙船じゃないって」

 すると、カイトも


「パワーに機動性それに装甲、どう見てもクルーザーって代物じゃないな。まるで軍用機なみだ」

 ルナは、カイトの言った軍用機と言う言葉に一瞬、動揺したが気にしないふりで。


「どう、気に入ってもらえたかしら。貨物船じゃないけど」

「そんなー、これだけのパワーがあれば大丈夫だから。でもすごいよ。ほんとにいいの」


 エリカは、おもちゃを与えられた子供のように興奮している。一方、カイトは、エリカの言った「大丈夫」が気になったが、ルナは何もわかっていないようで、ただ微笑んでいる。


「ええ、よろしくね、でも無茶な運転はしないでね」

 エリカとルナは握手すると、ルナはカイトにも振り返り

「カイトさんもね」と、手をさしだすと


 カイトは、ルナのほそく、艶やかな手に触ると少し緊張した。それを見たエリカは

「カイト………はじめてじゃないの、こんな綺麗な女の人の手を握ったの」

「ば……ばか言うな! ルナさんは…」


 ―人間じゃない―


 と、言いかけたが、カイトの疑問を察して。

「心配しないで、今は人間の女よ。ちゃんと心臓もあるし、子供だって産めるのだから」

 そう言うと、ルナは両手をひろげて、くるっと一回転した。


 ☆☆☆☆☆


 その夜からリーマ運送で借りている古い宿舎に、ルナは別の部屋だが一緒に泊ることになった。


 エリカは貨物船が生活の拠点だったので、宿舎の部屋にはほとんど荷物がなく、子供の頃からカイトと一緒に寝ていたニ段ベッドと机と箪笥だけの、小さな部屋だった。


 ニ段ベッドの上でエリカは寝ているが、不機嫌そうに

「人類が宇宙を自由に航海できる時代に、蚊取り線香は勘弁してよ。とくに上は煙たい」


「しかたないだろ、いつの時代も金が全てなんだよ」

 下の段で寝ながら本を読んでいるカイトのそっけない返事に、エリカはため息をついたあと


「ねえどう思う、あのルナって娘、人が宇宙船の一部になるなんて」

「さあーなんとも言えないな」するとカイトは思い出したように

「そう言えば、人間の体を、戦車や戦闘機に移植した兵器を作ろうとした国がったことを聞いたことがある」


「そうなの。でもそのこと、ルナさんは言いたくないようだったし。まあ運送屋としては、飛びさえしてくれたら大丈夫なんだけど」

 エリカは腕を組んで、一人笑みを浮かべていた。



「運送屋って……エリねぇひょっとして! 」

 カイトは、ルナが「貨物船じゃないけど」と言ったとき、「大丈夫」と答えたエリカの意図に薄々気がついた。


☆☆☆☆☆


 翌朝、エリカは朝食を済ませると、そそくさと一人外出していった。

 残されたルナは編み物。カイトはタブレット端末でゲームをしながら、宿舎のロビーで時間をつぶしている。


「ねえ、エリカさんは、どこに行ったのかしら。朝早くに出ていったけど」

「さあ……子供みたいに、じっとしいるのが苦手なタイプだし。それに、自分たちの食い扶ちを気にしてたから、職安にでも行ってるのじゃないか。常連だし」


 しばらくして、扉がドカッ! と開くと、手に菓子折りを持ったエリカが帰ってきた。

 満面の笑みをうかべて、ルナの横に座ると。


「ルナさん、昨日はありがとう」

「そんなー、私のほうこそ、エリカさん」


「もうー、エリカさん、なんて。これから一緒なんだからエリカでいいよ。それより、これ買ってきたの、おいしいよ食べて」

「ミルクチョコレートとエクレア! 大好きなの。エリカ、わたしもルナって呼んでね」

 ルナの瞳が緩んだ。


 カイトは、なれなれしいエリカを見て、昨夜しきりにルナの好みとか聞いていたのを思い出した。しかも、金がないのに菓子折りを買ってくるなんて絶対怪しい。


「エリねぇ、何を企んでいるんだ」

「なにを……って。別にー………せっかくルナが私たちの仲間になったのだし」そのあとエリカはカイトを無視して「ルナ、たくさん買ってきたんだ、食べて」


「うん、ありがとう……わー、生クリーム入りだ。私、これに目がないの」

 ルナは、子供のような笑顔でほおばっている。そのとき、カイトの電話が鳴り出した


「あれ、リーマ運送の会長からだ、おれにか? 」するとエリカは含みのある表情でカイトを見たが、目が合うとそっぽをむいた。カイトが電話をとると


「会長がすぐに来てほしいって。とりあえず行ってくる。それから、ルナさんに変なこと頼むなよ」

「そんなこと……ないわよー」


 エリカはどこか、とぼけるように言う。カイトは念をすように

「ルナさんも」

 ルナはエクレアに満足らしく、食べながら何も考えずにフンフンとうなずいた。


 カイトが部屋を出る間際に振り向くと、さっそくエリカはルナに、なにやら話を始めている。


(これは、会長とぐるだな………)


 エリカは会長を毛嫌しているが、妙なところで気が合うところがある。カイトはエリカと会長が何か企んでいると思ったが、あとにするしかなかった。


☆☆☆☆☆


 会長の話は長かったが急ぐことではなく、終わると直接、飛行場に行くよう指示された。


 飛行場は相変わらず広大な砂漠の中で閑散とし、カイトは会長が指示した格納庫に向かった。


 近づくと格納庫の奥に、スカーレットルナの先端が見えた。

(ルナさん、宇宙船になっている、………)


 カイトはいやな予感がした。さらに格納庫を回ったところで、思わぬものを目にした


「こ…これは! 」

 スカーレットルナの機体の後ろに牽引ロープが結ばれ、そのロープにはスカーレットルナの3倍はある、薄汚れた貨物用のスペースシャトルが繋がれている。


「なんだこれは! 」


 カイトは急いでスカーレットルナに乗り込むと。 操縦席のエリカが、カイトにふりかえり、したり顔で微笑んでいる。


 そこに、3Dホログラムのルナがカイトに駆け寄り、涙声で

「カイトさん! みてくださーい! 」


「ル……ルナさん」

「一応、私は最新鋭の宇宙船なのですけど。こんな荷物を引っ張っていくなんて。これじゃあ、荷馬車の牛や馬みたいじゃないですかー」

 カイトはあきれて


「エリねぇ、確かに俺たち船を失ったけど。ルナさんにこんなことさせるなんて」

 カイトに言われたエリカは、ふくれっ面になると


「だって、しょうがないじゃん。ルナの中には赤ジャガイモつめないし。引っ張るしか」

「ちがうだろ、ルナさんを運搬船にするなんて」

「だって、ルナが何でもする、って言うから」

 エリカはとぼけると、ルナが泣きそうに


「エリカがね……貨物しないなら私のこと、いらないって言うんですー」


「だって、荷物を運ばないなら、何の役にもたたないじゃない」

「私って……何の役にもたたないの! 」  

 ルナはもう、泣いている。


 カイトは、うんざりした様子で、ため息をつき

「ルナさん、無理することないよ。エリねぇじゃなくていいじゃないか、別の人探せば」


「だめなんです、実はエリカとカイトさんを、他の者に操縦されないよう操縦者登録したのです。一度登録されたら、簡単には解除できないのです。それで私は、操縦者がそばにいないと宇宙船になれません。もし、エリカに捨てられたら私、もう人間として生きていくしか………」


 カイトはエリカにこき使われるくらいなら、その方がいいのではないか、とも思ったが。

「エリねぇ。ルナさん、嫌がってるじゃないか」


「わかってるわよ、私だって、こんなことしたくないわよ。じゃあカイト、あの赤ジャガイモどうするのよ。あんたが買い取るっていうの」

「それと、これとは話が違うだろ! 」

 言い争うエリカとカイトをみて


「私のことで喧嘩しないでください。カイトさんありがとう、いいです。私やります………」

 力なくルナが答えると。エリカは、にんまりと


「そうこなくっちゃ。それじゃあルナ、いくわよ。早く届けないと」

「はい………」


 ルナは、しぶしぶ運搬船のシャトルを引いて滑走路にでた。


 スカーレットルナの後ろに大きなシャトルがのそのそと、ひきずられるように牽引されている。外ではリーマ運送の会長が手を振っているのが見えた。

「ほら、リーマ運送の会長も喜んでるよ」


 カイトは、あんな中年の小肥のおっさんに喜んでもらっても、全然うれしくない。一方、エリカは意気揚々と操縦桿を握っている。


「カイト、準備はいい」

「ああ、いいぜ。ルナさん。ごめんな」

「お気遣いくださって、ありがとうございます………」


 ルナが、か細く答える。エリカは滑走路のセンターに機体を合わせると、エンジンの出力を上げた。

 スカーレットルナはシャトルを引きながらゆっくりと滑走を始める。


 次第にブースターの出力が上がり、速度が増していく

「すごい! 重いシャトルを引いているのに、ほとんど違和感がない。何も引っ張ってないみたい」

「たしかに、すごいパワーだ」カイトも唸った。


 スカーレットルナはさらに加速し、地上を離れるとシャトルも浮かび上がる。そのまま高層雲の高度までなめらかに上昇したあと、十数分で衛星軌道に達した。


「さすがね、これだけの荷物を軽がる宇宙まで運ぶんだもの」

「ルナさん。すごいじゃないか」

 さすがにカイトも感心した。ルナはカイトに褒められ


「はい!」

 今度は微笑んで返事をした。



背後の褐色の惑星サーフェスが次第に遠くなり、眼前には全視界を覆う淡い輝きの星々と闇。不変なる広大な虚無、深淵で果てのない空間、そこは死の世界ではあるが、人間を拒絶しているものではない。

 

 故郷の惑星が手に取れるほどの球体になると、エリカはさらに加速し、ハイパー・ドライブモードに移行した。

 貨物シャトルを引いたスカーレットルナは、星々の瞬く宇宙空間に消えて行く。


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