7.曲芸飛行

 高度400キロに達すると、大気層の最上部、宇宙空間との境界付近。眼下には、黄褐色の大地の上に真綿のような雲が散在する惑星サーフェイスが、ゆっくりと回転している。

 エリカは、船を衛星軌道に乗せ、モニター類をチェックしたあと


「カイトすごいよ、この船。衛星軌道に乗るのに、五%ほどのエネルギーしか使ってない」

「それに、パワーも半端じゃない」


 一息つくと、エリカは漆黒の宇宙と惑星の境界にある薄い金色の大気層の帯を見ながら、最初にこの白い機体を見て思った疑念を話した。


「ルナさん、この前、私たちが大気圏に突入したとき、隕石に衝突したの。そのとき、ぼんやりと白い機体を見たのだけど。ひょっとして、あなた? 」

 ルナは、少し間をおいて


「そう……私よ」

 エリカが納得したように頷くと、カイトが口をはさんだ

「ところで、ルナさん、二度も隕石が衝突してきたんだが、何か心あたりないか」


「隕石が発生するとき、たまたま私は惑星の裏側にいてわからなかった。私も驚いてるの……って。あっ!……ああ………ひょっとしてカイトさん。私が仕掛けたなんて思ってる。そんなことは、絶対の! 絶対の! ぜったーいにないから」

 ルナはむきになってわめくように言うと、カイトは、わかった、わかった、というように手をふってうなずいた。


 しかし、このスカーレットルナが、たまたま惑星の裏にあるときに隕石が発生するのも出来すぎた偶然だ。もやもやしたものはあるが、そのときエリカがふとモニターを見ると、大地に亀裂のように伸びる大きな渓谷が目に入った。エリカは、思いついたように


「ちょっと練習に、エクアドル・キャニオンに行ってみない」

 カイトは驚いて


「えっ! あの難関か。エリねぇの操船は確かだが、いきなりは……」

「なんか、いけそうな気がするの。それに性能を試すにはもってこいよ。カイト、ナビお願い」


 エクアドル・キャニオンは文字通り赤道にある渓谷で全長三千キロにわたり、両岸は千m以上の断崖絶壁の大地溝帯だ。年に一度、小型機のレースなどが行われている。


「でも小型機ならともかく、こんな中型船では」

 カイトは心配するが、エリカは自信たっぷりのようだ。ルナは何のことかわからない。

「まあ、うでだめし」


 エリカは逆噴射して、大気圏再突入を開始する。スカーレットルナの外装には耐熱タイルなどないが、大気圏突入時の断熱圧縮などによる高温にも楽々と耐えている。


 高度二万メートルの成層圏まで降下すると水平飛行に移し、ゆっくり下降しながら目標のエクアドル・キャニオンに向った。

 渓谷の上空に至ると、一気に機首を下げる、ほぼ急降下だ。


「この速度で突っ込むのか、速すぎる。それにこの進入角度では! 」

 カイトは思わず叫んだ。無謀ともいえる操縦だが、エリカは構わず。


「いいから、カイト。コースを指示して! 」

「わかったけど、初めての操縦で大丈夫か」

「大丈夫よ、なんだかこの船、すごく一体感があるの。私の体の一部みたい! 」

 カイトはそれ以上言わず、エリカにまかせた。



 スカーレットルナは、急降下で断崖の中に入ると、谷底すれすれで、急激に水平飛行に移り、猛スピードで渓谷の中を突き抜けていく。


「すごい! これならレースで優勝できるかも」

 エリカはおもしろいようにコントロールできるスカーレットルナを操り、断崖の岩石が落石するほどの直近を急カーブしていく。一方、ルナは真っ青になっている


「エ…エリカさん! ああああ、ぶつかる!」


 エリカはルナの悲鳴に全くかまっていない。正面のモニターを凝視して操縦桿を操作し、両岸の崖は視覚に止まらない速さで、後ろに消えていく。 


 さらに、背面飛行や、螺旋状に回転するバレルロールで障害物をかわす遊ぶ余裕さえみせて、岩や洞窟の間を抜けていった。


 ルナはホログラムだが、エリカの無茶な操縦に放心状態で声もだせない。


 その後もエリカは曲芸的な操縦を続け、カイトはコースを指示し、エリカは的確に操船する。 


 最後にキャニオン末端の断崖の亀裂から飛び出すと、地平線まで続く広大な砂漠地帯にぬけ出て安定飛行に移した。


 少し、落ち着いたルナは

「エリカさんとカイトさん、息があってるね」

「そりゃあ姉弟だし、いっしょに宇宙を旅してきたしね。それより、このスカーレットルナの性能もすばらしいよ」

「ありがとう………」


 ルナは答えたが、うつむいてぼそぼそと呟いた

(……いつか死ぬ………絶対死ぬ……)。


 一方、エリカの目はらんらんと輝いている。

 広大な波打つ砂漠の地面に小さな影を落としてスカーレットルナは翔ぶ。

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