2.砂漠の町の運送屋
惑星サーフェイスは大部分が砂漠で、小さな町が数えるほどしかない、乾いた不毛な星だ。
その小さな町のひとつリーマは、建物の大部分が黄褐色に風化した粗い石やレンガ造りで、商店もほとんどない。
その殺風景な町のはずれにある石作りの古く小さな座居ビルの一室に、エリカの出入りするリーマ運送社のオフィスがある。
エリカは事務所に入るなり、腰に巻いているガンベルトをはずすとテーブルに無造作に放り投げ、のけぞるように椅子にだらしなく腰掛けた。
ベルトのホルダーには使い古され黒光りした、回転式のリボルバーの拳銃(マグナム44)がさしてある。
そのまま、天井でカラカラとまわる大きなプロペラのシーリングファンを見上げ。
「暑い……」
エリカは、開けっ放しの窓から入ってくる蠅を払おうともせず、ぼんやりとしている。横の壁に腕を組んでもたれて立っているカイトがさめた声で。
「エリねぇは、そんな格好なのに暑いのか、もう裸になるしかないじゃないか」
「うるさいなー、ひょっとして、姉ちゃんの裸が見たいのか。それよりカイトはくそ暑いのに、よく黒っぽい長ズボンに、長袖のジャケット着られるわね、まるで葬式のようじゃない」
あからさまに機嫌の悪いエリカは、カーキ色のショートパンツから、健康的に日焼けした素足にブーツで、首に黄色のチーフを巻き、チョッキは着ているが、その下は胸だけを隠したタンクトップのシャツといった、露出の多いカゥボーイ風のいつもの姿だった。
エリカはいくつかの書類にサインをして会長に手渡すと。普段のエリカらしくなく、ため息をついて、再び椅子の背に大きくもたれた。
「ねえ会長、エアコンどうしたの」
「この前、壊れたんだ。今回の運送料で買おうと思っていたが。しばらくは、このままだ」
リーマ運送の会長は、力なく葉巻に火をつけると、皮肉っぽく聞こえたエリカは、ふてくされて外を見た。会長は中年の小太りで丸顔のうえ童顔なため、子どもが葉巻を吸っているみたいで似合わないとエリカは思っている。
しかも、時どき目線がエリカの素足や胸元に向き、本人は気取られないようにしているつもりだが、エリカはしっかり気づいている。
会長は団扇を扇いで、エリカの書類にサインしながら
「しかし隕石と衝突するなんて、考えられんな」
「そうよ、しかも二回なんて、狙われたとしか思えない」
すると、壁にもたれているカイトが
「狙われたって……こんな貧乏個人運送屋を狙ってなんの得があるんだ。それよりエリねぇ、だれかに恨みでも買ってないか。この前も賞金稼ぎの片棒をかついで、賞金首のアジトに突入したが返り討ちにあって、逃げられたんだろ」
「あ……あれは、まさか相手が
エリカが美少女に力を込めて言うと、カイトはフンと鼻でわらった。
しかし、エリカの事故は、リーマ運送にとっても大きな痛手だった。
このリーマ運送は、惑星サーフェイスの運搬を担っている唯一の個人運送会社で、定期貨物船はエリカの他、古株のギエスと、二年ほど前に流れついた自称「伯爵」の、合わせて三隻しかいない。その内の一隻がなくなってしまったのだ。
ふたたび会長は葉巻をくゆらすと、ため息まじりに。
「しかし、困ったものだ。エリカが戻ってきたら運んでもらおうと思っていた赤ジャガイモが腐っちまう。ギエスと伯爵が戻ってくるのは二週間先だし、品質は落ちるし費用もかかるが、乾燥ポテトにするしかないか」
エリカは、答えようがない。
大部分が砂漠で、やせた大地で懸命に作物を収穫してきた農家の人たちに、すまない気持ちで胸が締めつけられる思いだった。エリカがぼんやりと外を見ていると、そんなエリカに
「まあ、気にするな。それよりエリカ自身もこれから大変だろ」
すると、エリカは独り言のように。
「でも、いい機会かな、って思ったりもするんだ……」
「いい機会とは?」
会長はエリカの意外な言葉に、思わず問い返したが、エリカはうっかり口がすぎたと
「あっ…いや…まあ、この際だし。しばらくアルバイトでもしようかな………なんて。ハハハ」
とぼけるようにつくり笑いをした。
エリカはある理由から廃業しようかとも考えていたのだが、まだ結論を出すには至らない。会長もうすうす感じているようだが、続けてほしい気持ちがあり、わざと聞き流し。
「まあ、賞金稼ぎは、ほどほどにな。それと、ラスタリア皇国が、かつて奪われた領土を奪還しようと星系連合との戦争が再発して、運送業界は長距離航路を抑えられ身動きできない。逆に大儲けできることもあり、危ない橋をわたる連中もいるようだ。アルバイトするにしても気をつけな」
「わかってる。でも、遠い星の話でしょ、こんな銀河辺境の田舎の星に関係ない。それにサーフェイス周辺は中立地帯だし。というより銀河のはずれで資源も何もないから、相手にされていないのでしょうけどね。それより私達は明日の食い扶よ」
エリカはそう言って席を立つと、横に置いていたガンベルトを露出した細い腰の下にまく。そしてカイトに目くばせすると、一緒にオフィスを出ていった。
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すでに夜の帳がおりている
「カイト。晩ご飯たべよ」
「そうだな」
「でも、あのメタボのスケベ会長、子供が五人もいるくせに、私の胸元と足ばかり見ていたな、私が気づいてないと思ってるの」
カイトはエリカの後ろを歩きながら。
「だったら、長ズボンを履けばいいだろ」
「やだ! どうしてあんなやつのために。もう、今日はやけ食いよ!」
叫ぶように言うと、近くの屋台街に突入した。
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