第一章 辺境惑星の姉弟船

1.辺境惑星の姉弟船

 十六年後………


「進入角度が深すぎる。カイト! ブースターを全開にして! このままだと、大気圏で燃え尽きてしまう! 」

「だめだ、エリねぇ! エンジンは限界だ。脱出しよう」


 眼下に広がる、褐色の惑星サーフェイスの上空で、エリカと弟のカイトが操る大型の宇宙貨物船『海風』は、大気圏再突入による高熱と衝撃に晒され、機体は限界だった。 


 カイトが「エリねぇ」と呼ぶ姉のエリカは、ゆらぐ機体をなんとか立て直そうと懸命に操船していたが、振動は次第に大きくなり機体の軋む音のほか、外装の剥がれる音が操縦室内に響いている。


「装甲板と耐熱タイルが剥がれ始めた。機体周面の温度は千五百度を越している。溶鉱炉の中に突っ込んでいるようなものだ、もうもたない!」

 カイトは絶望的な状況をエリカに伝えるが、さらに深刻な事態が発生した。


「二時の方向から、何かくる………隕石だ! 」

「隕石って、また! いったいどうなってるの、自然現象で二度も命中する軌道なんて天文学的な確立よ、ありえない! 」


「エリねぇ回避できないか」

「何言ってるの。今私たちは火の玉状態よ。コントロールできるわけないでしょ」


 そもそも、エリカたちは大気圏突入の寸前に隕石と衝突して軌道をはずれ、今の状態に陥ったのだが、さらにまた隕石が飛来してきた。レーダーをみると、隕石の赤い点が狙い撃ちのように急速に海風に接近している。


「もう脱出も間に合わない………なぜなの! 」

 エリカは真青な顔でレーダーを見つめる。カイトも目を閉じて覚悟した


 ………


  しかし、覚悟した衝撃は起こらない。その後、レーダーに映っていた赤い点が

「消えた………」


 エリカが外を見ると、無数の小さな岩石の破片が赤く燃えて滝のようにエリカ達の横を通過していく。エリカは放心状態で、震えながらシートに座り込み、カイトも心臓が高鳴ったままだが、深呼吸して気をとりなおすと。


「脆い隕石だったのかな。とにかく助かった。俺は脱出ポットの準備をするから」

 カイトが準備を始めるため立ち上がると、正面のモニターを見ているエリカが、彼方の大気層上部に白く光るものが浮かんでいるのを見つけた。


「なにかしら、あれ」

 カイトも振り向いてモニターを見る

「三角形で先端が突出している………宇宙船みたいにも見えるな」

 次の瞬間、白い光の物体は星の裏側に消え去った。


「幽霊船……」

 二人は、白い物体が消え去った宇宙空間を呆然と見ていた。そのとき、破壊音とともに船が大きく揺れる。

「急がないと!」


 手をとめていたカイトは我に帰り、隣接の脱出ポットの準備をはじめた。と同時に、退避警告の赤ランプが警報とともに点滅し始め、操縦室内を真っ赤にしている。


 白いだっぷりとした宇宙服に着替えているがヘルメットはまだ着けていない。十七歳のエリカの琥珀の瞳は、きつくモニターをにらみ。船内でよく映える、緩いウェーブのかかった肩に少しかかるほどの、あざやかな赤毛は警報ランプの赤と同化している。



「お父さんの船が……」

 これまでも、多くの危機を乗り越えてきた、なにか方法があるはず。往生際の悪さは、銀河一のつもりだ。考え込むエリカに向かって、カイトが叫ぶようにエリカを急き立てた。

「エリねぇ早く! どう考えてもだめだ」


「………わかった」

 さすがに打つ手がないと判断したエリカは、肩を落として操縦席から立ち上がった。

 物心ついたときから、この船とともに育ったエリカだった。


 見慣れたモニターの横には子供の頃につけた傷や『ラルクシェル』と、たどたどしい字で書いた父の名の落書きが残っている。

 一年前に事故で行方不明になった父が残した、この貨物船「海風」で運送業を継いできた二人には、大切な思い出の詰まった家(故郷)でもあった。


「おとうさん………」


 エリカは最後に真っ赤になった船内を見まわすと、ヘルメットを被り、小型の脱出ポットに飛び乗ると、シートベルトを締め、意を決してスイッチを押した。

 強い衝撃とともに三角錐の小型の脱出ポットは宇宙に放り出され、エリカとカイトは小さい丸窓から顔をよせ、自分たちの船の最後を見送ることになった。


 プラズマに包まれた海風の機影は急速に離れ、大気層と宇宙の境界に見えなくなると、一瞬花火のような採光を放ち、数条の流星となって消えた。

 エリカは船が消え去った宇宙空間を見ながら


「おとうさん、ごめんなさい」

 涙をこらえながら、何度もつぶやいた。

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